上町氷川神社(中央区本町東六丁目)

IMGS9834s.jpg
 北与野駅から西へ1km程、埼玉県道165号大谷本郷さいたま線に面して鎮座する上町氷川神社(さいたま市中央区本町東6-7)。
 社地が鳥居から本殿に向かって扇子を開いた形に似ていることから、古くは扇の宮と呼ばれていたのだそうだ。
IMGS9815s.jpg
 三の鳥居。
IMGS9811s_2014071500014867a.jpgIMGS9814s.jpg
 安永二癸巳年(1773)八月造立の狛犬。
IMGS9755s_20140715000146321.jpg
 拝殿。
IMGS9759s_2014071500294750d.jpgIMGS9760s.jpg
『氷川神社及び神輿の由来
 氷川神社の祭神は健速須佐之男尊ですが、創建については不詳です。現在本殿は宝永六年(1709)五月に与野町の氏子により再建されたものです。また神輿は翌年の宝永七年(1710)三月二奉納されました。神輿の屋根裏には寄進した与野町の有力者二○名の名前が書かれています』

『御社殿改修記念碑
 昭和の天皇陛下御在位六十年の記念すべき歳に当り宗教法人氷川神社の御本殿御拝殿の御屋根を銅板葺に葺替えし末社の御社殿の新築改修と境内地の諸整備も一應完了したので記念の碑を建立した
 昭和六十年十月十四日』
DSCN0743s.jpg
 本殿。
IMGS9763s.jpg
 末社殿。
 左から火王子社、神明社、権現社、八幡社、天神社、稲荷社。
 火王子は簸王子社の簸が火に変化したものなのか、それとも千葉県印西市の火皇子社と同じ神(彦火火出見尊・軻遇突智命)を祀ったものなのかは不明。
 権現社も何権現なのかはわからないが、与野は木曽御嶽信仰が盛んな地域であったそうなので、こちらは蔵王権現であるように思われる。
IMGS9785s.jpg
 叉倶稲荷社。
 読み方は「しゃぐいなり」だろうか。こちらの氷川神社は三叉路に位置していることでもあるし、道祖神としてミシャグジ神を合祀したとも考えられるだろうか?
IMGS9787s.jpg
 八雲神社。
『八雲神社(天王さま) 鎮祭の縁起
 当与野街の往昔よりの夏祭り八雲神社神輿の渡御は今日に至るも尚盛大なる行事であるがその社の存在が詳かでないので大蔵省関東財務局と宮司での調査に基き当所に明治二年(1869)巳歳牛頭天王社の祭祀が判明したので今回改めて天王社の総元宮と称される愛知県の津島神社に当所の崇敬者有志と共に参向し御分霊を拝受してこの地に社を新築し鎮祭したものである。
 昭和五十九年五月十三日参拝』
 ……津島神社から勧請して、なんで八雲神社になるのだろう。八雲神社の本社は島根県の須佐神社だと聞いた覚えがあるのだが、はて。
 右側には庚申塔と末社がある。石祠に左三つ巴紋が刻まれてはいるが、社名は刻まれていないので何神社なのかは不明。庚申塔は享保四年己亥(1719)三月の造立で、「奥刕道 ●■右 大宮道」とも刻まれているので道標も兼ねていたようだ。●部分は「彳」に「足」の口部分が日になったものと言うか「是」から一を抜いたものと言うか、そんな感じ。■は●から彳を抜いたもの。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
ブログ内検索
カテゴリー
最近の記事
最近のコメント
月別アーカイブ
最近のトラックバック
FC2カウンター
プロフィール

梁瀬

Author:梁瀬
無駄な徘徊でCO2を増やす、
方向感覚に不案内なヒト

リンク
RSSフィード