熊野神社(千代田町三丁目)

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 群馬県道3号線通称立川大通りに面して熊野神社(前橋市千代田町3-8)の鳥居が建てられている。
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『熊野神社
熊野神社は、天照大神の弟。素戔嗚尊をお祀りし、大願成就の神として古くから信仰されてきました。
出雲国八束熊野より分社されたと伝えられていますが、その歴史は定かでありません。
この地域一帯は「熊野の杜」と云われ、うっそうとした木立ちにつつまれた神域でありました。
江戸時代以降は町の発展と共に現在のような鎮守としての神社になったと考えられます。
熊野神社に願をかけると必ず成就すると、厚い信仰を集め「恩熊野様」と唱えて崇拝しました。
これが子供たちには「おくまんさま」と聞こえたのでしょう、以後、当熊野神社は「おくまんさま」と称せられ親しみ愛されています。
今日も「おくまんさま」は世の中の平和と人々の幸せを願いつつ鎮座しています。

 三ツ足 八咫烏石
三ツ足八咫烏石は、熊野神社境内東側にあります。
熊野神社の神使である八咫烏は開運をもたらす、三本足の烏で平成四年の台風により奥の院が崩壊し氏子の総意によりいち早く修復をいたした折基礎石の中に、三ツの足跡のある石を発見開運の証しとして、お祀りいたしました。

 笠欠け 三猿塔
笠欠け三猿塔は、熊野神社社殿右側にあります。
江戸時代に奉納されたと推測されます。
奉納時には、笠を被っていましたが先の戦争(太平洋戦争)で空襲に遭い、爆風により上部を失いました。
戦火を避け神社境内に集った人々を身をもって守ったと、伝えられています』
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 鳥居と狛犬。
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 参道左手側に猿田彦大神。
『猿田彦大神は「道しるべ」の神であり道祖神として道の端などに祀られる。
この碑の裏面には昭和二十年八月と記され前橋大空襲(8月5日)直後に建立されている。
焼け野原になった市街地で失意の中いち早く希望の「道しるべ」にすべく熊野神社の氏子により祀られた。
私達は、どんな苦境にも希望を失わない強い心で毎日を生きたいものである』
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 社号標石の裏には『太平洋戦争終戦六十年を記念し戦火によって焼失した御神門を世界の平和を祈り再建する』と刻まれている。
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 拝殿斜めから。
『群馬縣管下上野國東群馬郡前𣘺立川町
 村社 熊野神社
一、祭神 櫛御氣野命 誉田別命 大屋津比賣命 思兼命 五十猛命
一、由緒 不詳。明治四十一年四月三十日許可、仝市萩村字若宮村社八幡宮、仝境内末社
    一社ヲ合併、仝時ニ村社幡野神社と改称、氏子百五十五戸ト更正
一、境内末社 三社
 稲荷神社   祭神 宇迦之御魂神
 三峯神社   祭神 伊邪那岐命 伊邪那美命
 大山祇神社  祭神 大山津見神』
(「上野国神社明細帳」より抜粋)
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 社殿東から。
 西側から見ると拝殿西壁面に八咫烏御影石が嵌め込まれているそうなのだが、気付かなかった。御影石のすぐ脇に設置された案内板は見ていたのに、なんで見落とすかな○刀乙
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『笠欠け 三猿塔
「見ざる、聞かざる、言わざる」でお馴染みの三猿は、物事を軽率にとらえず大切な事は心にしまう謙虚な気持ちで、日々過ごしましょうと言う戒めを三匹の猿に託した物と言われています。
この三猿塔は、地域の人々の融和を図るため熊野神社に奉納されたものと考えられます。後部に記された奉納者名は定かではありませんが、江戸時代に寄進されたものと思われます。
太平洋戦争末期の昭和二十年八月五日アメリカ軍B二九爆撃機による前橋大空襲により塔の上部を欠損するも戦火を逃れて熊野神社に集った人々を身をもって守った塔として、護身、開運のご利益ありと信仰されています。
平和を祈りつつ、おまいり下さい』
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『熊野神社 八咫烏石 縁起
 熊野神社は、天照大神の弟、素戔嗚尊を祀りし、古くから開運の祭神として信仰されてきました。
 先の戦争(太平洋戦争)において社は焼失するも氏子の熱意によりいち早く再建を果たしました。しかし、長い年月が経過し社は老朽し、平成四年の台風により奥の院が崩壊してしまったのを機に社の大修復を行いました。
 戦争の砲火によって傷んだ基礎の一部を改修していたおり、いとも不思議な礎石を発見し宮大工が手拭で拭き清めると何と三つの烏の足跡がくっきりと刻み付けられているではありませんか。この出来事に立ち会った宮司は、熊野神社では古くから三本足の烏が神の使者としてお祀りされており大酉祭「お酉さま」と称され商売繁盛、五穀豊穣、大願成就のお祭りを行い毎年多くの参拝者を集めているので、これを期に清めた衣でこの礎石に願い事を託す。
「御神■」の行事をもって参拝者の大願を成就せられるよう祈願しました』
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 石の上部に確かに烏の爪跡のような窪みが見える。
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 本殿裏に庚申塔。
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 三峯神社。
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