赤城神社(下小出町一丁目)

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 群馬大学医学部附属病院の東に鎮座する赤城神社(前橋市下小出町1-22-12)。
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『赤城神社社務所(旧公民館)改修機念碑
 昭和四十二年(1967)、前橋市北部区画整理事業に伴い、当赤城神社の所有地も換地を受けた。そして昭和五十七年三月(1982)境内地である赤城廻一○一(境内地)乙一○一(境内地)一○二の一(畑)は本換地され、下小出町一丁目二十二の二(境内地)となった。所有者─赤城神社地積九一三平方米(増加分を含む)
 社には豊城入彦命が祭神として祀られ、春と秋に祭典が行われる。境内には往時を語る老松高く、社殿を巡れば多くの末社─絹笠社(豊受姫命)神明社(大日孁命)天神社(菅原道眞)雷電社(火雷命)稲荷神社(宇迦之御魂命)山神社(大山祇命)厳島神社(市杵島姫命)が並び四季折々に参詣祈願に訪う人の姿を見る。社殿の造営は慶応四戊辰三月(1868)とあり、降って明治二十四年(1891)屋根換、昭和二十五年(1950)改修工事が行なわれている。
 爾来三十有余年をけみし、ために拝殿、奥殿の修復は急務とされていた。そこで関係者の協議により境外地を売却し、神社修理費の捻出をはかった。ちなみに、境外地は原堰六○三の一(原野)越里二二六(宅地)の二筆、三三三、一八平方米(宅地)及び保留地四五、九八平方米を併せ地積三七九、一六平方米である。かくて社殿及び社務所(県公民館)は関係各位の協力するところ今ここに装いを新たにし社殿の風姿を望み五穀豊穣町内安穏の祈りを捧げる。
 昭和五十七年八月吉日 之を誌す』
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 二の鳥居。
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 拝殿。
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 狛犬。
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 拝殿前の石畳に混ざって敷かれた石に「鯉里橋 治■■年十二月架設」と刻まれている。かつては路面電車が前橋駅から渋川駅までを結び、その停留所の一つに鯉里橋があったようであるから、それが廃止された後にその一部をこちらに移したものなのだろうか。
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 向拝に下げられた鈴には葵の御紋が入り、東照宮の文字も見える。何故こちらにあるのかはわからないけれど。
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 末社群。
 左から四天王堂、秋葉宮、摩多利神、水神宮、水神・火神・天祖参神、道祖神、八幡宮、不明x3。
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 三峯神社。
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 双体道祖神と道祖神。山神堂、石尊宮、不明。
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『鳥居之記
今上天皇陛下明治天皇陛下第三皇子也明治四十五年七月三十日踐祚
大正四年乙卯秋十一月十日擧御即位禮於紫宸殿皇位彌高皇運彌隆盛
今茲大正五年三月十日鎮守赤城神社陞格為村社於此乎神位愈顯著也
夫我青年會捧誠歡誠喜為奉永遠紀念即奉献御影石鳥居一基以祈國家
之益隆昌矣』
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