東照宮(大手町三丁目)

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 前橋公園の端、群馬県道10号前橋安中富岡線大手町交差点のそばに鎮座する前橋東照宮(前橋市大手町3-13-19)。公式サイトもあり。
『群馬縣管下上野國東群馬郡前橋北曲輪町
 縣社 東照宮
一、祭神 源朝臣徳川家康公 菅原道眞公
     木之花之佐久夜毘賣命、日子番能迩藝命、建御雷命、三神ハ長壁神社祭神
一、由緒 不詳、慶應三年当地へ遷座、明治九年一月再興、旧前橋藩松平氏代々崇敬ノ神
    也、菅原神社者慶長年中酒井河内守重忠勧請年月不詳、旧前橋藩松平氏当地ヘ遷
    座、明治九年一月当社ヘ合祭ス
     明治三十一年一月二十一日無格社長壁神社合併
     明治三十九年十二月廿八日、幣饌料供進指定
     昭和四年四月十六日縣社ニ昇格
     昭和四年五月拾七日明治三十九年勅令第九十六號ニ依リ神饌幣帛料供進神社ト
    シテ指定セラル
一、境内末社 一社
 稲荷神社  祭神 倉稲魂命
一、境内招魂社
 由緒 勧請明治十一年十一月廿四日、同九年西南役王師ニ属シテ戦死セシ上野全国精兵
    ノ霊ヲ祀ル也』
(「上野国神社明細帳」より抜粋)
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『東照宮
鎮座 前橋市大手町
祭神 徳川家康公
例祭 四月十七日
創祀 寛永元年家康公の二男結城秀康の五男である松平直基が越前勝山城内に創祀
沿革 松平家は百二十年で十回にも及ぶ移封の都度その城内に奉遷。江戸中期に姫路城より前橋城へ移封されるも利根川の氾濫で城が流され分領の川越に奉遷。幕末の慶応二年に前橋城が復興し再び前橋へ。社殿は川越で解体され明示四年現在地に復元。昭和四年県社に昇格し戦後は神社本庁包括の宗教法人に認証される』
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 拝殿。
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 狛犬。
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 東照宮所蔵文化財の案内板。
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 厩橋護国神社。
『明治十年(1877)十一月二十四日の創建で西南の役以来大東亜戦争に至るまでの前橋市出身の英霊二千三百四十六柱を奉祀しております。
 尊い命を捧げられた方たちの御霊を慰め、その事績を後世に伝える役目を担っております』
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 営築稲荷神社。
『文久三年(1863)前橋城再築にあたり工事の安全を祈願するため松平直克(松平家十一代藩主)が勧請した神社でございます。
 御祭神は宇迦之御魂神で主な御神徳は商売繁盛・工事安全とされ信仰を集めています』
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 営築稲荷社脇に奇妙な形の石と子育て地蔵、石祠。左の石は陰石だろうか?
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 西の鳥居。

 以上で2月21日参拝分終了。
 使用機材はK-5IIsにDA20-40mm、DA FISH-EYE 10-17mm、DA15mm、DA35mm Macro。
 この日の歩数は17,953歩。まぁまぁ歩いたか。
 この後は県立文書館に行き資料を漁ってから帰宅。そして今更ながらに気付いたのだが、文書複写許可書の注意書きに「複写物から引用等をする場合は、原本が群馬県立文書館所蔵のものであることを表示すること」と書かれていた。と言う事で、当ブログの引用元である「上野国神社明細帳」「前橋市史」「木瀬村誌」「大胡町誌」「上川淵村誌」「下川淵村誌」はいずれも県立文書館所蔵のものである。「桂萱村誌」は県立文書館と市立図書館桂萱分館所蔵、「荒砥村誌」は県立文書館と前橋市立図書館城南分館所蔵のものである。
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