加茂神社(北区宮原町四丁目)

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 JR高崎線宮原駅の500m程北、埼玉県道164号線脇に鎮座する加茂神社(さいたま市北区宮原町4-8-1)。
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『鎮守 加茂神社
鎮座地 大宮市宮原町四丁目八番地の一
御祭神 別雷命、倉稲魂命、伊弉諾命
    伊弉冉命、菅原道真公
    境内に別に伊弉諾命、伊弉冉命を祀る三峯神社があり、素盞嗚尊(俗に天王さま)
   を祀る神輿殿があり御神輿が納められてゐます
祭典日 元旦祭         一月一日
    春祭(祈年祭并初午祭) 三月初午日
    夏祭(祇園祭、天王様) 七月十五日
    例大祭         十月五日
    秋祭(新嘗祭、感謝祭) 十一月二十八日
御由緒 当神社の御創立は文化七年徳川幕府によって作られた新篇武蔵風土記稿にも「加
   茂社、加茂宮村の鎮守にして社辺に古杉数株あり、土地のさま旧社と見ゆれど勧請
   の年代詳かならず」と記されてゐるが社前に寶暦三年四月、弘化二年十二月と刻ま
   れたもの又、文政十年八月御迁宮と刻まれた石灯篭もあるので相当古い御鎮座であ
   ることがわかります。その昔京都の上賀茂神社を勧請したものと伝えますから別雷
   神を祀って五穀の豊穣と萬物を生みなし育てる神として祈り崇められて来ました。
   幕府の参勤交代の時代、加賀の堀丹波の守が仲仙道を往来の砌りその妻女が遽かに
   産気を催したので当社に立寄り御加護を祈願したところ、産気治まり無事国許に帰
   着の後、玉の如き男子の出生を見たと云う。安産御礼の為奉納したという幣帛は現
   存しています。昔から生産、安産守護の神として信仰が厚く、上加茂宮村、加茂宮
   村、鍛冶村を始め近郷からの参詣も多い。明治四十一年附近数社を合祀して翌四十
   二年神饌、幣帛供進の神社として改めて村社に指定されました。祭神の合祀により
   衣食住の神、延命長寿の神、学問の神、災難守護の神等が加え祀られ御利益も増え
   ました。大正八年不幸拝殿を焼失しましたが本殿は御神威により御安泰であったの
   で当時の氏子等は力を協せ直ちに拝殿を再建し同時に社務所をも新築しました。以
   来六十年、神楽殿も古びて危險となり、そのうえ社務所も時代の進展につれ手狭で
   不便となったため此の度氏子総代人等相謀り氏子一同の賛意を得てこゝに昭和の大
   造営が遂行された次第であります。
 昭和五十五年四月』
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『加茂神社 御由緒
 さいたま市北区宮原町四‐八‐一
□歴史
 当地は「風土記稿」によると、「昔より加茂社の建る地なれば、ただちに村名とす」とあり、また天正十年(1582)の「成田分限帳」に「三十六貫文武州加茂宮多門兵衛」と記されている。
 当社は、加茂宮村を縦貫する中山道の側に鎮座する。江戸期の浮世絵師、渓斎英泉の描いた「木曾街道上尾宿」の図には、緑深い森の中から「加茂大明神」の幟旗が掲げられている。
 創建年代は不詳であるが、山城国一宮の賀茂別雷神社を勧請したものと伝える。「風土記稿」は、当社を「延喜式」神名帳記載の足立神社とする説があるが正しき証左なしと否定している。
 別当は、真言宗吉祥院で、雙樹山大恵寺と号す。本尊は薬師如来像を奉安する。
 「明細帳」によると、明治六年四月に村社となり、同四十年五月、大字加茂宮字中道の無格社稲荷社、字鍛冶の無格社稲荷社、字四分一の無格社稲荷社・同境内末社稲荷熊野合社、字中島の無格社稲荷社、字構の無格社天神社、同四十一年七月、字原殿の無格社稲荷社を合祀した。
 大正八年十月、拝殿は焼失したが本殿の類焼はまぬがれた。本殿は一間社流造り、壁面には賀茂別雷神社の神事である「競べ馬」の図が彫られている。なお、境内にある文政十年(1827)八月の石灯籠には、「御遷宮本社再建立」とある。
□祭神
・別雷神
□祭祀
・歳旦祭(一月一日)・初午祭(三月初午)・夏祭り(七月十四日、十五日)
・例祭・お日待(十月四・五日)・新嘗祭(十一月二十八日)』
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 一の鳥居と小さな狛犬。
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 二の鳥居。
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 拝殿。
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 狛犬。
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 本殿。
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 本殿脇の狛犬。
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 本殿背面の彫刻。
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 本殿側面の彫刻。
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 三峯神社。
 脇の石灯籠には「奉納稲荷大明神」「文化九申十一月吉日」と刻まれている。文化九年は1812年。
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 神輿殿。
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 神楽殿。
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 改築記念碑、戦利兵器奉納碑、神社合祀碑。
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 裏手から。
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