浅間神社(大泉町富士二丁目)

IMGS9476s.jpg
 休泊川に架かる鹿島橋のすぐ南側に鎮座する浅間神社(邑楽郡大泉町富士2-23)。
DSCF3328s.jpg
『浅間神社のいわれ
鎮座地 大泉町字下小泉富士之越一七七七番地
祭 神 木花咲耶姫命
由 緒 承平元年(931)六月一日(今の七月一日)、この地方一帯に雪が降ったと伝えられる。これは浅間明神の怒りにふれたというので、佐貫荘の荘官であった佐貫弾正良綱は、鹿島に浅間明神を祀った。浅間様は富士山の信仰であり、御本社は富士山本宮浅間神社である。しかし、富士山は周辺の国々から望まれるので、駿河国一宮としてまつられ、そのほか、関東・中部地方などにも浅間神社がある。この富士浅間明神にちなんで、富士之越の地名がつけられたと思われる。
 富士の霊峰は雄大荘厳、神秘静寂、揺るぎなく美しい国土の象徴ともなっている。日本各地の山々には、それぞれの国の神様をお祭りしている例が多くあるが。富士山はその筆頭であろう。
 御祭神は木花咲耶姫命といい、大山祇神という山の神の御子神で、天孫瓊瓊杵尊の后神である。木の花(桜)の咲くように美しい神様が、秀麗な富士山の神様であることは、人々の信仰をよくあらわしている。
 浅間は古くアサマと呼んだ。アサマは、山中の湧水の起源をたたえた名称だということである。古事記には、木花咲耶姫命が火をかけた産屋の中で、お産をしたと書き伝えられている。このため、安産の神として、子育の神として、今に至るまで人々の信仰を広くあつめている。六月一日は初山といって、近郷近在の人が赤ん坊をつれ、初山をして子どもの健康を祈願する。
 明治維新以前には、上下総祈願所小泉山成就院が兼務して、奉幣祈祷などを行った。
 平成十年一月吉日』
DSCF3335s.jpgDSCF3339s.jpg
 昭和四年六月十六日造立の狛犬。
DSCF3353s.jpg
 馬頭観音。
 安永四年未天九月吉日と刻まれているので1775年の造立。
IMGS9510s.jpg
 拝殿。
IMGS9506s_20150601214258890.jpg
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
ブログ内検索
カテゴリー
最近の記事
最近のコメント
月別アーカイブ
最近のトラックバック
FC2カウンター
プロフィール

梁瀬

Author:梁瀬
無駄な徘徊でCO2を増やす、
方向感覚に不案内なヒト

リンク
RSSフィード