兒泉神社(寄居町今市)

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 天台宗寶珠山高蔵寺の西100m程、市野川の畔に鎮座する兒泉神社(大里郡寄居町今市690)。
『社伝によると、当社は、物見山の尾根続きの地に、こんこんと湧き出る泉に坐す神を、児泉明神として祀ったことに始まる。また、口碑によれば、鎮座地は、初め明神台という地であったが、江戸期、別当を努める天台宗高蔵寺住職が、祭祀及び氏子の参拝の便を図り、寺の西一○○メートルほど離れた現在地に社を移したという。明神台の地については、現在、どこを示すのか明らかでないが、物見山の麓の泉立寺近辺が、かつて湧き水がよく出た地であったことから、この辺りにあったことが考えられる。
 当社には、児泉明神の本地仏として十一面観音菩薩像が祀られていたが、化政期(1804~30)に高蔵寺に移されている。現在、本殿には、白幣を奉安している。
 「明細帳」によると、明治四十年五月に字冬住の冬住神社、字富士山の浅間神社、字天神原の天神社の無格社三社を合祀している。
(中略)
 明治四十年の合祀以前までは、地内の浅間山に鎮座する浅間神社の神体を半年ごとに麓の冬住神社に遷座するという興味深い祭りが行なわれていた。冬の間、浅間山は寒いので、浅間様が里の冬住神社に降りて来て、半年間宿り、夏になるとまた浅間山に戻るのだと語られていた。冬住という社名も、冬の間神が住み給うことに由来しているのだろう』
(「埼玉の神社 大里 北葛飾 比企」より抜粋)
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 参道脇には石燈籠が立ち並んでいる。
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 拝殿と狛犬。
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 斜めから。
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 末社殿。
 左から手長神社、冬住神社、天満神社、稲荷神社、浅間神社、天照大御神。
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 山神社。
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 神林取得記念碑。
 平仮名らしき部分がわかり難いので書き写すのは難しいが、要約すると、浅間神社旧境内の引裂上地林を大正六年(1917)十二月十四日に払い下げる手続きを行い農商務省より買受け、翌七年一月七日に兒泉神社の基本財産として登録したと記されている。
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 鳥居のそばから南を見ると、四津山が見える。
 ぴょこんと飛び出した妙な形の木があるが、それの少し右側に四津山神社が鎮座している。また、かつては四津山城という山城が建てられており、その城跡が残っている。

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