八宮神社(小川町能増)

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 埼玉県道296号菅谷寄居線と県道184号本田小川線が接続する能増交差点の東300m程、市野川の畔に鎮座する八宮神社(比企郡小川町能増282

『当社は、市野川沿いに鎮座している。周辺は地勢的に耕地に恵まれていることから、古くから開けており、平安期の集落跡である岡原遺跡がある。また、交通の要所でもあり、当社の西脇に旧鎌倉街道が通る。付近の小名の「町場」が、往時の繁栄を偲ばせる。当社の創建年代は明らかではないが、当地を治めた豪族を祀った社であると伝える。鎮座立地から推して当地一帯の開拓者であったと考えられ、北殿・南殿という小名の地が周辺にあることから、有力者が存在したことは間違いない。中世には、かなり信仰を集めており、「風土記稿」によれば、万治元年(1658)の縁起に、戦国時代の松山城主、上田安独斎も当社を崇敬し、社殿の再建や神領の寄進を行ったことが記されていたと見える。また、社号は同書に「八宮明神社」と記載があり、別当は本山派修験の南光院である。
 当社は、元来は氏神であったと伝えるが、いつしか村の鎮守として崇敬されるようになったという。祭神は日本武尊で、当地と由縁が深く、当社の東にある市野川の「精進場」は、武尊が修祓を行って祭儀や参詣のために心身を清めた場と語り継がれる旧跡となっている』
(「埼玉の神社 大里 北葛飾 比企」より抜粋)
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 拝殿。
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 斜めから。
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 本殿。
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 拝殿前に天神社・金刀比羅社。
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 本殿西側に末社。
 「埼玉の神社 大里 北葛飾 比企」には琴平・神明・浅間神社と記されているが、琴平社はおそらく拝殿前の末社に移されているので、神明社と浅間社であろう。
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 こちらの石祠二基についての記述は無いため、不明。
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