八和田神社(小川町奈良梨)

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 埼玉県道11号熊谷小川秩父線と県道296号菅谷寄居線が交差する奈良梨交差点脇に建てられた八和田神社(比企郡小川町奈良梨930)の一の鳥居と社号標石。参道は北に向かって300m程伸びている。

『当社は明治四十年に上横田・下横田・奈良梨・伊勢根・高谷の五つの大字内にあった一一社を奈良梨の諏訪神社に合祀し、当時の村名を採って社名を八和田神社と改めて設立した。
 この合祀の中心となった諏訪神社の由来について「風土記稿」は次のように載せている。
  相伝ふ当社は何の頃にや、知野鈴木など氏とせるもの、信州より
  来りて勧請せしと云、思ふに村民仙右衛門が先祖は、熊野より出
  で鈴木兵庫助と号し、伊豆国に下り、延徳年中より北条家の旗下
  に属せり、其後子孫世々当所に住したれば、恐くは此人の子孫な
  ど勧請せしなるべし、されど系図に載る処、信州より移りしこと
  は見えず、古は此辺十五ヶ村の鎮守と崇めし大社にて、一の鳥居
  は須賀谷村にありて、二の鳥居は中爪村に立りし由いへど、其村
  々にてしか云伝ふることなければ覚束なし、社内に延徳及弘治の
  銘を彫たる鰐口を掛たり(以下略)
 氏子の間では古くから「千野の諏訪、鈴木の春日」と言い習わし、千野氏が諏訪神社の勧請者で、鈴木氏は春日神社(現在、当社の末社)の勧請者であると伝えている。千野備後の娘が鈴木隼人佐重親の妻となった縁から、「風土記稿」では筋木氏をも諏訪神社の勧請者としたものと考えられ、本来その勧請者は千野氏であろう。
 千野氏については、同家所蔵の「由緒書」(年欠)に次のように記されている。
   茅野備後
  信濃国諏訪郡茅野村茅野信武孫茅野一統年代不知、武州比企郡奈
  良梨村に引越住居仕り候事其節大沢氏と備後両人彼の地江罷越、
  諏訪御社奉守護候由、然処大沢氏者当所之神職に相成茅野氏は郷
  士に而罷在候。
 この茅野備後なる者は天正元年(1573)に没している。奈良梨から伊勢根にかけては「千野」姓の家が何軒かあり、元は「茅野」とその姓を称し、諏訪氏とともに信濃より移り住んだものと伝えられている。また、付近には諏訪大社系の神社が多数あり、一帯が信濃諏訪とのつながりの強かったことをうかがわせている。
 諏訪氏とは、諏訪大社の祠官、諏訪の領主として、古代から明治初年に至る氏族で、戦国大名であった諏訪頼重が天文十一年(1542)に武田氏に滅ぼされ、その従弟頼忠は流浪したが、同十六年(1547)に諏訪大社の大祝職に就き、天正十年に本能寺の変後に旧臣千野氏らに擁立されて本領を回復した。更に小田原攻略に功績のあったことから、長子頼水に武蔵国奈良梨・羽生・蛭川の地一万二千石を賜り、頼水と共に奈良梨の天王原の地に陣屋を構えた。この時に信州一の宮諏訪神社を勧請したが、わずか二年後に頼水は上野国惣社に転封となった。この諏訪社の跡は当社の西北五○○メートルほどの所で、現在「諏訪神社奉祀遺跡」として県指定文化財になっている。
 恐らく、当社の創建は、諏訪氏が千野氏を伴って流浪したとされる天文十一年から同十六年にかけてのことであろう。
 最も古い資料としては、「風土記稿」にも載る鰐口がある。これには「奉諏訪大明神寄進施主武州男衾郡鉢形綿入新井土佐守・弘治三年丁巳(1557)七月廿六日敬白」の刻銘がある。
 また、当社の内陣に奉安されている木像三体の内の一体は、欠損が甚だしく確定はできないもののその外観から普賢菩薩と推測され、地内の天台宗普賢寺とのかかわりもうかがわせる。ちなみに、普賢寺は慶長八年(1603)に草創した天台宗の寺院で、開基は鈴木隼人佐重親である』
(「埼玉の神社 大里 北葛飾 比企」より抜粋)

 八和田(やわた)神社と言う名から、てっきり八幡神社が元になっているのかと思っていたら、まるで関係なかった。
 上横田の稲荷神社、下横田の八宮神社、高谷の八幡神社と舳取神社、伊勢根の神明社、各大字内に散在する無格社浅間神社、八幡神社、雷電社、神明社などが合祀されているが、十一社には足りない。同名の神社が合祀されているのだろうか。
 そして少々気になるのが舳取神社。これの読みは「へとり」でいいのかな。であるとすれば、兵執と辺取と舳取でいずれも字が違うのは何故なのだろう。「へとり」と言う音が重要なのだとすれば、なんらかの意味があるのだろうが、皆目見当もつかない。
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 交差点の南脇に設置された八和田村道路元標。
『道路元標とは、大正八年(1919)の道路法・道路法施行令により各市町村に一個設置されたもので、同十一年の内務省令で材質や大きさなどの様式が定められました。道路の起点・終点を表示するもので、これを基に近代的な道路網の整備が行われました。
 戦後は法的・機能的な意味を失い、多くが忘れられた存在となっています。
 八和田村道路元標は当所から奈良梨の交差点(字鳥居前九○番地)に設置されました。国の道路行政の歴史を伝える資料としてここに移設して保存することにしました』
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 社号標石のそばに鎮座する石祠。何神社なのかは不明だが、交差点脇と言うことを考えると、道祖神かなにかであろうか。
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 一の鳥居の北200m程の地点から石燈籠が立ち並び、左側の一際大きな灯籠の前にはお諏訪様の歌をプレートに刻んだ石碑が設置されている。
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 お諏訪様の歌。
 鉄道唱歌の節で歌うそうなのだが、鉄道唱歌わかんねーや。てことで検索をかけてYoutubeで確認。あー、こういう節なのね。
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 二の鳥居。
 こちらの鳥居前が駐車場になっている。
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 拝殿。
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 狛犬。
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 斜めから。
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 大杉と鰐口の案内板。
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『合祀記念
八和田神社之碑  官幣大社氷川神社宮司正六位足立達篆額
我ガ日本ハ神國ナリ故ニ神社ヲ荘厳ニシ報夲崇祖ノ實ヲ舉ゲ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼シ奉リ金甌無缼ノ國體ヲ擁護シ敬神愛國ノ誠ヲ輸サザル可カラズ是ヲ以テ明治四十年三月勅令ノ趣旨ニ基キ各大字ニ鎮座セル村社則上横田稲荷神社下横田八宮神社髙谷八幡神社舳取神社伊勢根神明社及各大字内ニ散在セシ無格社淺間神社八幡神社雷電社神明社等ヲ當所諏訪神社ニ合祀シ社號ヲ八和田神社ト改稱ス此ニ於テ氏子戸數三百四十有餘ヲ算ス仝年九月上地官林五百二十八坪ヲ境内ニ編入シ面積千三百三十六坪トナル仝四十一年十一月舊神社ノ敷地及境外所有地ノ無量譲渡ヲ受ケ若干ノ財産ヲ得翌四十二年大字髙谷元八幡神社ノ社殿ヲ移シテ本殿ト為ス仝四十四年四月社務所ヲ建設ス大正六年十一月國有林壹段五畝歩縁故特賣ノ恩典ヲ蒙リ后開墾シテ畑トナス是ヨリ先大正元年九月暴風雨ノタメ樹木倒伏シ神楽殿ヲ破壊ス故ヲ以テ仝十二年再建イ経費千四百圓ヲ要ス是歳九月一日関東大震災アリ時宛モ建築中ナリシガ毫モ灾害ヲ蒙ラサリシハ神靈ノ冥助無極ヲ感セシメタリ昭和三年境外所有地處分ノ許可ヲ得テ基本財産ノ整理ヲナシタルハ其裨益大ナルヲ認ム仝四年向拜幣殿及夲殿ノ覆舎建築ト併セテ合祀記念碑建設ヲ謀リ氏子一統ノ協賛ヲ求メ二千五百余金ノ醵出ヲ得テ工事竣成ヲ告ゲシハ實ニ是歳十月也是ニ於テ社殿ノ結搆設備略其要ヲ得タリ顧ミルニ屢斯カル大工事ヲ爲シ巨額ノ費用負擔シ進テ勞役ニ服スル等誠ニ敬神ノ念深ク醇厚ノ俗ヲ表明シテ餘アリ  謂フ可キ也尓今益崇高ナル神徳ヲ景仰シ去筆就實ノ美風ヲ涵養センコトヲ期ス尚明治三十九年日露戦役ノ終了スルヤ時ノ陸軍大臣寺内正毅閣下ヨリ戰利品ノ内砲彈及鋤ノ奉納アリ今蔵シテ重寳タリ此儀典誠ニ敬神ノ範ヲ衆庶ニ示サルルモノト信ス聊合祀以来ノ概要ヲ摘勒シ以テ不朽ニ傳フト云爾
                       琴城僊史關口廣壽謹撰并書』
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 住吉神社。
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 春日神社。
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 天神社。
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 聖徳皇太子。
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 招魂社。
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 御神木の大杉。
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 二の鳥居前に厳島神社。
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『町指定史跡 奈良梨陣屋跡
 平成8年4月19日指定
 八和田神社東側に残る堀と土塁の一部は、戦国時代から江戸時代にかけて築かれたものと思われます。当時、鎌倉街道上道の宿駅として栄えた奈良梨において、現在の八和田神社の境内地になんらかの施設がおかれていた可能性があります。
 平成8年に実施した試掘調査の結果、この堀と土塁は並行してほぼ一直線に走っていることがわかりました。堀の断面形は「箱薬研」と呼ばれる中世の城や館を取り巻く溝に非常によく似ていました。土塁には、幾層にも丁寧に積み上げた状況が確認されました。あいにく時代を決定する遺物は出土しませんでしたが、以上のことから、周辺文化財・史跡等の総合的な見地で、広義の陣屋跡として指定されたものです』
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