八宮神社(小川町下里)

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 槻川に架かる柳町橋の南西に鎮座する八宮神社(比企郡小川町下里911)。

『下里の鎮守である八宮神社の由緒は、「神社明細帳」に「往古ハ村ノ東方志賀村々境ニ鎮座アリテ近郷七ヶ村ノ総鎮守タリシカ年月事由不詳現場ノ所ヘ移転スト云コト古老ノ口碑ニ残レリ」と記されている。このことは、氏子の間にも、「初めは村の東方の志賀村との境に鎮座していたが、貞観十年(868)に現在の社地に移り、近郷七か所に分霊を配祀し、八宮神社の総社と称せられた」との口碑が残る。本殿の裏に祀ってある祠は、口碑に伝えられる七体の分霊の神璽で、古くは幣殿の両側に祀られていた。
 文書等の記録を欠くため、創建の年代や、現在地への遷座の時期などは不明であるが、口碑に「八宮神社の現在の境内地には、元は大きな寺があったという。そこに八宮神社を遷宮したと聞いている」との伝えがあることから、遷座には境内を拡張することや、鎮守の社を村の中央部へ移そうとの意図があったものと推察される。江戸時代には、正理山宝寿院という真言宗の寺院が別当として祭祀を行っていたが、神仏分離によって廃寺になった。明治四十一年十二月に愛宕神社、天神社を合祀した』
(「小川町の歴史 別編 民俗編」より抜粋)

 こちらの御祭神は、「埼玉の神社 大里 北葛飾 比企」によると高龗神・伊豆能賣神・墨江三筒神・海見三柱神である。
 筒の部分は「止」冠の下に「冉」と書かれているが、異体字の検索を掛けても出てこない。墨江三神は住吉三神のことなので、まあ筒なのだろうなと。
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 参道は涼やかで、とても気持ちが良い。八宮神社の大半を巡って来たが、ここだけ格が違うと言うか最も清浄な雰囲気を感じたのは、ここが総本社であるとの意識があるからと言うばかりではないだろう。
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 二の鳥居。
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 拝殿。
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 斜めから。
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 日露戦争の戦勝記念に奉納されたものだろう。
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 狛犬。
 台座には「住宅建築記念 昭和六年十一月吉日 當所 田中伊助 社掌 梅沢亮之助」と刻まれている。昭和六年は1931年。
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 本殿裏には分霊した七社の神璽を納めた祠が設置されている。
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 稲荷社と天神社。
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 三峰社と八坂社。
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 一の鳥居の脇に設置された梅沢亮之助翁の像と頌徳碑。
 大正七年から昭和十八年まで25年間社掌を務めていた人物のようだ。
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