諏訪神社奉祀遺跡(小川町奈良梨)

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 天台宗多宝山普賢寺の西に位置する諏訪神社奉祀遺跡(比企郡小川町奈良梨)。
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『諏訪神社奉祀跡
 天正18年(1590)の後北条氏の滅亡後、徳川家康は関東の支配体制の整備に着手しました。その中で家臣団の知行割が行われ、奈良梨は諏訪頼水の領地となりました。諏訪氏は奈良梨に入り、ここに旧領の諏訪(長野県)から諏訪社を勧請しました。この地は今でも「天王原」と呼ばれています。
 諏訪社の跡地とされるこの場所には小さな石宮が建てられています。現在でも毎年10月の八和田神社の祭礼では、この地に神輿が渡御します。この祭りには、長い竹の先に取り付けた鎌を「カマカツギ」と呼ばれる子どもたちが持ち歩くという、この地域には見られない特徴があります。諏訪大社をはじめ永野県内の祭りでは「薙鎌」という特殊な鎌が使用されており、諏訪氏がもたらした祭礼の伝統がこの地に生き続けているのかもしれません。
 昭和36年9月1日 県指定旧跡』
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 石祠の背面には「昭和拾年■月■■日 根岸耕作」と刻まれている。
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 埼玉県道296号菅谷寄居線から入り、正面に見えて来る奈良梨二区集落センターで左に向かって行くと、墓地の先に諏訪神社奉祀遺跡。

 以上で10月3日参拝分終了。
 使用機材はK-5IIsにDA20-40mm、DA15mm、FA77mm。X30。
 この後は10月3日封切りの「劇場版 蒼き鋼のアルペジオ -アルス・ノヴァ- Cadenza」を見て、さらに11日にはもう一度見に行ったりなんかしてみたり。
 来場者特典のミニ色紙は毎週変わるのだが、その週毎に三種類、それが四週で計十二種類あり、しかもランダム封入なのでさすがに揃える気力も無く、一週目はコンゴウ・ヒエイを引けるといいなと思っていたらそれが来て、二週目はイ401クルーを引けるといいなと思っていたらそれが来た。うん、なんだか微妙に運がいいぞ。
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