阿夫利神社(小川町笠原)

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 北向不動尊を後にし、石尊山へ。
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 ここまで来れば石尊山の頂上は目前なのだが、ここからがきつくなり始める。官ノ倉山は外秩父七峰の中でも初心者向けと言うか一番低い山なのだが、普段山歩きなんてしていない身にはこの程度でも少々きつい。いや、ここまでは楽なんだけど。
 ちなみにこの辺り……の筈。
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 鎖場。
 この日一番危なかった場所。少々歩き難いものの、登りはまあいい。問題は下りだ。二回ほど滑りそうになったが、鎖を掴んでいなかったらやばかったかも。慣れた人なら大したことないのだろうけど。
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 山頂に到着。この辺り
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 中央の石祠は阿夫利神社。左の石祠は何神社なのか不明だが、背面には「昭和五十年一月吉日建 納主 小川コンクリート 笠原昭夫」と刻まれている。
『奉修行武蔵國神ノ倉石尊山入峯天下泰平如意祈攸
 平成二十五年四月吉祥日 
 熊野修験那智山青岸渡寺』
 と書かれた木札が二枚、阿夫利神社の脇に立て掛けられている。

『山の神様(笠原)
 笠原の山の神様は、官ノ倉山の上にあり、「石尊様」とも呼んでいる。祭日は、旧暦の六月二十八日(現在はその近くの日曜日)で、笠原の人々が二人ずつ組になって毎日夕方灯籠に灯明を上げに行った。全戸がこれを済ませると、その年の行事は終わりとなる。
 この行事に先立って、神職からオシメ・ヘイソク・ボンゼンを作ってもらい、当番が灯籠を飾り付ける。こうした行事は大山講の名残のように思われるが、現在話を聴いた限りでは、笠原では講を作って代参を大山に送るようなことはなかったという。代参を送っていたとしても、昭和以前にことと思われる』
(「小川町の歴史 別編 民俗編」より抜粋)
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 左手前が官ノ倉山。
 このまま官ノ倉山まで行き、そちらから石尊山を撮影しようかとも思ったのだが、少し歩いたらすぐに急斜面になったのでなんとなく面倒臭くなってそのまま引き返し、スタート地点まで戻ることにした。
 降りながら、明日は筋肉痛かもなぁなどと思っていたら、やっぱりなった○刀乙~~
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