津島神社(小川町木部)

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 天王池の畔に鎮座する津島神社(比企郡小川町木部)。
 前回、石尊山には登ったから天王池方面に向かう必要は無いので帰宅などと書いたが、「埼玉の神社 大里 北葛飾 比企」の三光神社の項を読んでいたら、天王池の傍らに津島神社があると記されていた○刀乙 くぅ、わざわざ二度手間を……。

『地内には天王池と呼ばれる貯水池がある。この池は昭和二年に石川岩五郎が私財を投げうって造ったもので、以後地内の水利は向上した。それ以前は干ばつに雨乞いは欠かせない行事で、群馬県の榛名神社からお水をもらい、地内の沼に撒いて降雨を祈ったものであった。
 天王池の傍らに祀られている津島神社は天王様と呼ばれて信仰を集めている。氏子は「天王様は女の神様なので祭りは静かに行うのだ」と言い伝えており、七月十五日(近年は七月第二日曜日)の祭りには神賑わいなどを行わないのが習わしである』
(「埼玉の神社 大里 北葛飾 比企」より抜粋)

 牛頭天王にしても素盞嗚尊にしても、女性神ではないのだが、はて? 稲作の為に天王池を造成したそうであるから、こちらの御祭神は奇稲田姫命だったりするのだろうか。
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 津島神社の傍らから見る天王池。
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 四阿の近くには天王池建設碑が建てられており、その裏面には以下の文が刻まれている。
『この地方の稲作は天水により豊作が左右された。
 大正十五年石川岩五郎、吉田弘、清水清作氏等を始め受益者同志相計り約四千平方米の敷地に豊作の願いをこめ溜池を造成することを決定した。総工費金壱万弐千円(当時玄米六十瓩拾円参拾銭)をもって昭和二年一月着工。人夫八千二百八十七人により同年六月この天王池を完成し約七千立方米の貯水により安定した稲作が期せられた。
 当時の行程は全部人力でありその労苦は筆舌に尽し難く、こうした先人の功績を讃え碑を建立し後世に残すものである。
 昭和六十一年九月吉日』
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 奥に見えるのは官ノ倉山。
 自分は登らなかったが、津島神社を撮影している間に数人が登って行くのを見かけた。
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