慈恩禅寺(小川町木部)

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 臨済宗妙心寺派華谷山慈恩禅寺(比企郡小川町木部218)。
 車用の参道は狭く急斜面だが、本堂脇には三~四台分程の駐車スペースがある。

『慈恩寺は、花谷山(「華谷山」と記しているものもある)と号し、臨済宗妙心寺派に属する寺院である。江戸時代には、甘粕村(現寄居町)泉福寺の末であった。本尊は阿弥陀如来であるが、「新編武蔵風土記稿」は「本尊十一面観音を安ず」と記している。これは同書の編者の誤記であろうか。境内周辺は、かつては田畑の広がるのどかな農業地域であったが、近年開発が進み、現代的な住宅地へと大きく変貌しつつあるところで、慈恩寺とその裏山を取り囲むように宅地化が進んでいる。
 開山は、面宗大和尚で、長寛元年(1163)十月十二日の没と伝えられる。その後、十一世の竹巌貞和和尚の代に中興がなされ、このころ泉福寺の末寺になったという。ちなみに、「旧竹沢村誌」によれば中興を行った竹巌貞和は在住七二年ののち、貞享二十年二月二十日に行年九四歳で没したとされている』
(「小川町の歴史 別編 民俗編」より抜粋)

 ちなみに貞享は1684年から1688年までの五年間。
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 本堂。
 左奥に向かうと墓地になっている。
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 本堂脇には石祠と板碑。
 左の板碑には建武元年甲戌十一月日と刻まれているので、1334年の造立。
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 本堂前から南を見ると、石尊山と官ノ倉山が見える。
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 本堂の東側に奥へと続く小道がある。
 今回慈恩禅寺にお参りしたのは、この奥にあると言う北向不動尊が目当てだったりする。「小川町の歴史 別編 民俗編」には木部と笠原の北向不動尊に関する記述があり、小川町内にはいくつか北向不動尊があるが、最も著名なものが木部の不動尊であると言う。しかし具体的にどこにあるのか書かれていないのでグーグル先生に尋ねてみたところ、小川町マップの19号に「木部の慈恩寺の奥にある」との記述を見つけたので、では行ってみようと。
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 道は細いが歩き難いと言う事も無い。
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 小さな橋があり、ここで下り道は終了。ここまで二分程。
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 左を向くと木の間に紐が張られているので、こちらかと思って行ってみると、すぐに行き止まり。石を積み上げた壁が金属の柵で補強されており、登れそうな所も無いので反対側へ。
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 こちらは開けているが、足を踏み入れようとするとずぶずぶと沈んで行く。あ、これ駄目だと思い、引き返すことに。

 小川町マップに載っている写真のような道は無いし、さてどうしたものかと思い、近所の方に尋ねてみたら、お不動様なんて知らないとの答えが。あっれぇ~?
 仕方が無いので調べ直そう。
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