玉姫稲荷神社(清川二丁目)

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 寶珠稲荷神社の東100m程の位置に鎮座する玉姫稲荷神社(台東区清川2-13-20)。

『玉姫稲荷神社社歴
創 建   天平宝字四庚子年(760)
祭 神   宇迦之御魂命
勧 請   創建の時、京都伏見稲荷神社の御分霊を祀る
社号の由来 正慶二年(1333)新田義貞鎌倉の北条高時を追討の際当社に参拝し、戦勝を祈
     願せし時、稲荷大神の像を瑠璃の宝塔に納めせしより玉秘(たまひめ)の名起る
列 格   明治五年十一月十七日の村社に列格せられる
氏 子   日本堤二丁目西町会・東清南町会・浅草東清南町会・清南町会
      東浅草二丁目中町会・日本堤一丁目中央町会・日本堤二丁目東町会
大祭日   六月の第一土曜・日曜
縁 日   毎月一日、十日、二十日
末 社   八神殿には、白山・金刀比羅・八幡・松尾・八坂・天祖・春日・王子の八神
     を祀る
初宮詣   男児は三十一日に、女児は三十三日目に氏神に詣ず』
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 拝殿。
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 狛犬。
 台座には昭和十五年十一月と刻まれている。
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 拝殿前に小さな祠があるが、これはなんだろう。
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 矢吹丈と白木葉子の立て看板。
 ちばてつやか梶原一騎のどちらかが当地の出身だったのかな? と思ったら、あしたのジョーの舞台が泪橋だからということらしい。なるほど、ここから300m程北西にある、吉野通りと明治通りの交わる交差点の名前が泪橋交差点だ。
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 摂社である口入稲荷神社の鳥居。
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『口入稲荷神社の由来
 抑も当社は江戸新吉原に高田屋と云う口入宿(現在の職業安定所)の庭内に年久しく鎮座してありましたが安永年間(1772~81)の頃、此の高田屋の主人が或夜夢に口入稲荷大明神が現れまして吾を玉姫稲荷神社の境内に遷し祭れば参詣する信徒の人々に尚一層利益を授け、又、諸々の願い事を速に叶えさせるとのお告げに依りまして、其の年の十一月二十日に此の玉姫稲荷神社境内に御遷座致したので御座います』
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 扁額には口入稲荷神社の名が刻まれ、八代目松本幸四郎謹書とある。
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 宝珠型燭台には口入稲荷狐人形がずらりと並んでいる。
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 左の石祠は不明。右は若宮八幡大明神・水神宮。
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 こちらの石祠も不明。

 さて、玉姫稲荷神社の拝殿脇に末社である八神殿があるそうなのだが、うっかり見落としてしまったようだ。
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