今戸神社(今戸一丁目)

IMGS4229s.jpg
 都立浅草高等学校の東側に鎮座する今戸神社(台東区今戸1-5-22)。
DSCF4771s2.jpg
『今戸神社
御祭神 應神天皇
    伊弉諾尊・伊弉冉尊
    福禄寿
 当社は元今戸八幡宮と称し、後冷泉天皇の時代康平六年(1063)源頼義、義家父子は勅命に依り奥州の夷賊安太夫安倍貞任、宗任を討伐の折今戸の地に到り、京都の岩清水八幡を鎌倉鶴ヶ岡八幡と浅草今津村(現今戸)に勧請しました。
 應神天皇の母君神功皇后は新羅を始め三韓親征の際、時恰も天皇を宿されその帰路天皇を九州筑紫で誕生されました。
従って應神天皇を別名胎中天皇・聖母天皇とも称し、安産子育ての神と崇敬されております。
 伊弉諾尊・伊弉冉尊御夫婦の神は加賀の白山比咩神社の御祭神にして、嘉吉元年(1441)千葉介胤直が自分の城内に勧請しました。
諾冉二神は子孫の繁栄を与えられると共に縁結びの神と崇敬されております。
 昭和十二年今戸八幡と合祀され今戸神社と改称されました。
 今戸の地名は古くは武州豊島郡今津村と称し、その後今戸(別字今都)となりました』
IMGS4190s_20151028201950f22.jpgIMGS4191s.jpg
 狛犬……金網でよく見えぬ。
 今戸神社公式サイトの記述によると、こちらは宝暦二年(1752)に今戸焼の職人によって寄進され、その後、文政五年(1822)に再興されたとのこと。また台東区有形文化財に指定されているそうだ。
IMGS4187s_20151028201948746.jpg
 千成瓢箪の如く、ずらりと掛けられた円い絵馬。
IMGS4201s.jpgIMGS4202s.jpg
 狛犬二号。
IMGS4211s.jpg
 拝殿正面。
IMGS4192s.jpg
 招き猫と福禄寿。
IMGS4213s_2015102821461648b.jpg
 社殿斜めから。
IMGS4197s.jpg
 なで猫。
IMGS4208s_2015102821420977a.jpg
『今戸焼
 台東区今戸一丁目五番二十二号 今戸神社
 今戸焼とは現在の台東区今戸の地で焼かれてきた日用品の土器類・土人形類のことで、かつては江戸を代表する焼き物として繁栄していた。地元の今戸神社にある狛犬台座には宝暦二年(1752)に奉納した四十二名の陶工らの名が刻まれており、数多く軒を並べていたことが伺える。
 今戸焼の起源は定かではないが、伝承では天正年間(1573~91)に千葉氏の家臣が今戸辺りで焼き物を始めたとか、徳川家康入府後三河の陶工が今戸に移って来たともいわれる。「今戸焼」の名としては十八世紀末頃から明らかに見られ、十八世紀前半頃に本格的な土器生産が始まったと思われる。隅田川沿岸はかつて瓦を含めた土製品の生産が盛んであったようで、瓦町の名や瓦焼が早くから知られていた。江戸時代の文献である「江戸名所図会」には瓦作りの挿絵がみられ、「隅田川長流図巻」(大英博物館所蔵)には今戸焼の窯が描かれている。
 近年の江戸遺跡の調査によって施釉土器、土人形や瓦等が多く出土し、そのなかには今戸焼職人の名が刻印されている土器・土人形、今戸の地名を印した瓦も見られ、隅田川沿岸の窯業との関連が注目されている。
 関東大震災や東京大空襲により職人が次々に区外へ移り、現在今戸には一軒のみが残り、伝統を伝える「口入れ狐」や「招き猫」などの人形が今でも製作されている。
 平成十三年三月』
IMGS4222s.jpg
 授与所。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
ブログ内検索
カテゴリー
最近の記事
最近のコメント
月別アーカイブ
最近のトラックバック
FC2カウンター
プロフィール

梁瀬

Author:梁瀬
無駄な徘徊でCO2を増やす、
方向感覚に不案内なヒト

リンク
RSSフィード