半田稲荷神社(半田)

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 JR武蔵野線新三郷駅の北600m程、半田公民館脇に鎮座する半田稲荷神社(三郷市半田430)。
 鳥居は昭和五十七年十二月吉日の造立。
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 拝殿。
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『稲荷神社
 市の北部に位置する半田は、かつて二郷半領と呼ばれていた農業地帯の一角を占めている。二郷半領は、葛飾早稲の通称で知られる早場米の産地として有名で、一説によると、当社は、古河公方が室町時代の初期に、この穀倉地帯を掌握するするために、自ら勧請した金町(現東京都葛飾区)の半田稲荷神社の分霊を、重臣の中村三郎胤隆に命じてこの地に祀らせてことに始まるという。
 近世においては、延宝二年(1674)三月に天神・弁天(現厳島神社)の二社を末社として勧請しているほか、享保三年(1718)十月十一日に宗源宣旨を受け正一位稲荷大明神に叙されている。また棟札によれば、寛政十二年(1800)に社殿を再建している。
 「風土記稿」半田村の項に、当社は「稲荷社 村の鎮守なり、万勝寺持、末社弁天 天神 庵 不動を安ず、社守の僧居れり」と載っている。この文中に見える庵は、神仏分離によって廃された後、社務所として建て直され、更に昭和四十三年には、半田地区の集会所とされ住民の利用に供している。なお、明治の初めまで当社を管理していた万勝寺は、明治四十二年六月に地内の観音寺を合併し、寺号を万音寺と改め現在に至っている。
 一方、神仏分離の後、当社は万勝寺の管理を離れ、明治六年には半田村の村社となった。神職は数度の更迭の後、恩田家が務めている』
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 天神社と厳島神社。
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 力石。
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 左から石燈籠、青面金剛(寛政四壬子天十一月吉日)、八大龍王・水神宮(天明三癸卯年三月六日)、青面金剛(文化八辛未十二月吉日)、青面金剛(文政九丙戌年十月吉日)。
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