愛宕神社(堤崎)

IMGS7689s_201603282247026b7.jpg
 国道17号バイパス上尾道路堤崎交差点のそば、堤崎自治会館の隣に鎮座する愛宕神社(上尾市堤崎329)。
IMGS7655s_2016032822470125e.jpgIMGS7656s.jpg
 狛犬。
 台座には大正十年七月と刻まれているので、1921年の造立。
IMGS7646s.jpg
 拝殿。
IMGS7683s_20160328232241ba8.jpg
 斜めから。
IMGS7658s.jpg
『愛宕神社
上尾市堤崎329
祭神・・・軻遇突智命、倉稲魂命
 堤崎村は天正の末徳川氏の有となり、代官が所轄した。寛永二年(1625)安部備中守の領地となっている。
 当社は、社伝によると、元禄十年(1697)のころ、村内に悪病が流行した折、これを鎮めるために創祀したものであるという。また、「風土記稿」堤崎村の項には、当社は地蔵院の境内社として載り、「愛宕社 勝軍地蔵を安ず、是は加州大聖寺の禅苗和尚と云が刻める所なり、此僧は近来の人なればことに彫刻にたくみなりといへり」とある。
 地蔵院は、宝珠山と号した曹洞宗の寺院で、開山と伝わる一線斎は明暦三年(1657)四月に示寂している。神仏分離に伴い、明治五年(1872)に廃寺となり、現在、堤崎自治会館前に建つ地蔵堂(「本尊様」と呼ぶ)の中に、地蔵尊座像が、閻魔大王・大日如来像と共に納められている。
 また、当社の神楽殿に掛かる消防の半鐘として使用されている鐘には「武州足立郡堤崎村 本山永昌現住百川朝叟代 宝珠山地蔵院什物 世話人安藤善右衛門 天保十二辛丑年(1841)十一月吉祥日」と刻まれており、往時を偲ばせる。
 当社は、明治初年に稲荷社三社、熊野社を合祀し、同六年四月に村社となった。昭和三十六年(1961)、旧来の社殿の傷みが著しかったため、氏子全員の協力により本殿・拝殿を新築した。
 祭礼は一月の歳旦祭、三月の初午祭、七月の八雲神社例祭(祇園祭)、同二十四日の例大祭、十月のお日待ちの年五回である。
 境内社として「疱瘡社」「八雲社」を祀っている』
IMGS7662s.jpg
 上尾市指定無形民俗文化財である祭囃子の案内板。
IMGS7666s_201603282329160ac.jpg
 八雲社と疱瘡社。
IMGS7686s_2016032823291563a.jpg
 地蔵堂。
IMGS7673s_201603282329147f2.jpg
 上尾市指定有形民俗文化財である車地蔵。
IMGS7678s_20160328233120bfc.jpgIMGS7680s.jpg
 車地蔵案内板。
IMGS7682s.jpgIMGS7676s_201603282329144a6.jpg
 車地蔵。
IMGS7691s.jpg
 元禄五壬申年(1692)十一月造立の庚申塔と元禄八乙亥年(1695)十一月造立の青面金剛。右の祠の中には厨子に入った不動明王座像が納められている。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
ブログ内検索
カテゴリー
最近の記事
最近のコメント
月別アーカイブ
最近のトラックバック
FC2カウンター
プロフィール

梁瀬

Author:梁瀬
無駄な徘徊でCO2を増やす、
方向感覚に不案内なヒト

リンク
RSSフィード