富士浅間神社(戸崎)

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 大宮花の丘農林公苑の東側、花の丘通りに面して鎮座する富士浅間神社(上尾市戸崎)。

『富士浅間神社ノ由来
一、古文書ニヨレバ遠ク長元々年西暦一〇二八年長澤若狭守平朝臣信勝ハ譜代ノ家来秋山
 源六森田弥七榎本武助ト共ニ戸崎村ニ移リ開拓富士浅間神社ヲ祀リ社家ノ役ヲ勤メ百姓
 トナル御神体ハ駿河ノ富士浅間神社ノ分身ト言伝ウ 祭神木花開耶姫命安産子育ノ神ト
 崇敬
二、文政五年編纂新武蔵風土記稿足立十八ニハ名主又兵衛ガ先祖兵庫ノ勧請スル処ニヨリ
 富士浅間神社ハ又兵衛持トナル
三、検地
  建久二年諸国御改ノ節戸崎村ハ富士浅間神社々領トシテ免除
  延文元年並天承十三年 諸国御改ノ節戸崎村一五〇石ノ内 富士浅間神社々領持高五
 〇石二斗免除
  元禄七年細検地ニヨリ戸崎村二七〇石ニ改メラレル
四、改修
  大正二年一月十九日精神異常者ノ放火ニヨリ焼失直ニ改修
五、改築
  昭和六十三年五月改築末社下浅間神社本殿を富士浅間神社ノ本殿トナシ下浅間神社ヲ
 合祀ス 水屋ノ改築 鳥居、石段、末社ノ補修
   昭和六十三年七月一日』
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『上尾市指定有形民俗文化財 戸崎の浅間塚
 長沢家(大字戸崎231-2)
 浅間塚は富士塚ともいわれ、江戸時代後期から江戸を中心とした地域で造られるようになった。これは当時流行した富士浅間信仰によるもので、富士山参拝が難しい女性や子供でも簡単に参拝ができるよう、富士山を模した塚を造り浅間社を祀ったものである。特に埼玉県東部や群馬県東南部、栃木県南部の一部地方の富士塚では「初山」行事が行われる。この行事は、富士山の山開きの日である七月一日に合わせ、生まれて初めてこの日を迎える子供を連れて参拝し、健やかな成長を祈願するものである。
 戸崎の浅間塚は「浅間様」と呼ばれており、高さ4.8m、直径25mの円墳状の塚で、市内最大級の浅間塚である。築造年代は19世紀前半と考えられる。この塚と塚上にある浅間神社は、戸崎村を開拓したとされる長沢家が所有しており、毎年七月に行われる初山行事は、長沢家とその直接の分家など5軒で執り行っている』
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 牛頭天王。
 側面には明和七寅六月吉日と刻まれているので、1770年の造立。
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 鳥居をくぐって見上げて見ると、社殿が横を向いている。
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 なので、正面側へ。
 案内板に描かれた見取図によると、左側の小祠はおもり様と呼ばれているようだが、こちらがかつての下社であるのだろうか。
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 拝殿。
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 手水鉢。
 三面に渡って由緒らしき漢文がびっしりと刻まれているが、部分的に何と書かれているのか判らない文字があったり、柱で隠されていたりするので全てを読み取るのは難しい。
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 空の祠。
 案内板に記載されていないと言うことは、特に何かを祀っている訳でもないのだろうか。
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