諏訪神社(大前田町)

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 大前田集落センター隣に鎮座する諏訪神社(前橋市大前田町814)。
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 文化財の案内板。
『前橋市指定重要無形文化財 大前田諏訪神社の獅子舞
指定年月日 昭和60年7月4日
所 在 地 前橋市大前田町816 諏訪神社
 宝暦年間(1751~1763)に始まった大前田の獅子舞は、龍頭獅子舞といわれる。
 古くは西原の下の諏訪神社で行われていたが保存していた小屋が火災にあったとき、獅子頭3体が火の玉となって今の諏訪神社の方へ飛んでいき、それからこの場所で行うようになったといわれている』

 前橋市役所のサイトには、大前田内出砦跡の所在地は大前田町1328-1他と記されているのだが、周囲を軽く車で流してみた限りではよくわからなかった。
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 拝殿。
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 狛犬。
 台座には昭和二十三年十月吉日と刻まれている。
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 御神庫と由緒碑。
『村社諏訪神社 大前田鎮座
祭神 
建御名方命 武神
猿田彦命  土徳神
倉稲魂命  五穀神

由緒
口碑傳フ所ニ因レバ吉野時代應永十年ノ春人皇第百
代小松天皇ノ御代今ヨリ五百四十二年前始テ爰ニ祀
ル後寛文五年七月二十六日即チ江戸時代人皇第百十
二代霊元天皇ノ御代今ヨリ二百七十六年前信濃國下
諏訪神社ヨリ分社ヲ乞ヒ勧請セリ続テ翌二十七日大
祭典ヲ執行爾後祭典日ト定メ更ニ九月二十七ニ改メ
今日ニ至ル明治四十一年末社各社ヲ合併認可セラレ
大正七年村社ニ列シ神饌幣帛供進指定セラレ神ノ威
徳ハ倍々盛ナリ』
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 運動広場誕生の碑と天神宮及びその他の末社。
 石燈籠は明和三丙戌年(1766)九月、右端の天神宮は寛政五癸丑年(1793)三月二十五日の造立。
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 歌碑。
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 末社。
 若狭宮……かな?
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 八幡宮。
 右端の石祠の額部分には「雨宮」と刻まれている。
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 末社。
 右から二つ目の小さな石祠には「八百萬神」と刻まれている。
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 左の石祠は八坂大神。
 右の三基の石祠には意波羅、御嶽山、八海山と刻まれている。木曽御嶽三神は御嶽山・八海山・三笠山じゃなかったかなと思いググってみると、木曽御嶽信仰の開祖である普寛行者は御嶽山・武尊山・意波羅山を一組にしており、普寛の弟子である順明行者は御嶽山・八海山・意波羅山を一組にし、同じく普寛の弟子である広山行者は御嶽山・八海山・三笠山を一組にしたとあるので、こちらは順明行者の流れを汲んだものであるのだろう。因みにこの三基の石祠はいずれも文政二己卯年(1819)十一月朔日と刻まれている。
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