村主神社(粕川町前皆戸)

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 前橋東部商工会粕川支所の南東80m程の位置に鎮座する村主神社(前橋市粕川町前皆戸179)。
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 参道右手側に末社群。
 粕川村誌や上野国神社明細帳には境内末社として稲荷社、大山祇社、出雲社、琴平社、八坂社の五つの名が記されているが、どう見てもその倍の数がある。
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 南の鳥居。
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 鳥居のそばにはさかさ梅。
『さかさ梅
 天正八年(1580)甲斐の武田勝頼が信濃の兵を併せて上州に侵入、厩橋城、大胡城、伊勢崎城と攻落した。
 膳城侵攻前に勝頼は全軍の兵馬に一息入れさせ、自らも村主神社前の泉のほとりに馬を留め、持参していた梅の鞭を地面に逆さに挿した。それが芽をふき、村主神社の「さかさ梅」として残っている。
 勝頼滅びて四二〇年余、境内の中に移植され、二、三代目か。昔を偲ぶよすがとして伝承されている。
 平成十年十二月吉日』
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 二の鳥居なのか三の鳥居なのかわからないが、平成十九年四月建立の鳥居。
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『村主神社の由来
 村主神社の由来は古く、古老の伝えるところによると延喜元年(901)に創建されたという。本殿は宝永五戊子年九月再建されたが、前皆戸・西田面三十六戸により明治四十一年一月二十九日西田面字荒神東の菅原神社並びに同神社の末社二社を合祀し、明治四十五年に改築され、同時に現在の幣殿と拝殿が建築された。昭和四十年代、境内には六・七百年の星霜を経た老杉が多数繁茂し、現在の御神木の切株もその一本である。社頭に到れば昼尚暗く、遠く赤城山頂より本社の在処が分かり、尊厳の程が偲ばれた。
 祭神は事勝国勝長狭命・大日孁尊・菅原道真公・火産孁命・保食命で産土の神として五穀豊穣、延命長寿、学問成就、交通安全、安産の神として現在も信仰されている。最近になり、口碑の由来や御神木の年輪により千百年の古き歴史があることが考えられ、平成十三年が創建千百年に当たり、この記念すべき機会に何か後世に残そうと氏子の気運が高まり、さかさ梅由来の碑建立、山車庫・舞台の新築、鳥居の移動と補修、旗竿の土台の移動、末社の稲荷神社・山神社・出雲神社・琴平神社・神明宮・八坂神社・荒神社の遷祀等、郷土の繁栄安穏の祈願をこめて実施した。
 茲に本社の歴史を後世に伝えるべく、この碑を建立することとした。
 平成十三年八月吉日建立』
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 拝殿。
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 狛犬。
 台座には平成十一年六月と刻まれている。
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 掘り出された御神木の根。
 根の上には大山祇命の神牌が置かれている。
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『御神木の発掘
 社殿の下に広く根を張った壮大な御神木を後世に伝承すべく 工事委員会が担当し 平成十八年八月二十四日に発掘を開始した
 真夏の炎天下で汗と泥に塗れた重労働の一週間だった
 掘り上げてその全容の巨大さに驚嘆し 疲労困憊が消え歓喜に溢れた
 当時の工事委員平均年齢は七十三歳であった』
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