苗島神社(苗ヶ島町)

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 苗ヶ島集落センター北側に鎮座する苗島神社(前橋市苗ヶ島町1088)。
 鳥居の額束の裏には「明治十一戊寅年」と刻まれており、幟枠には「文久元辛酉年三月十六日」「願主 東宮平左衛門治大」と刻まれている。明治十一年は1878年で、文久元年は1861年。

『村社 苗島神社 宮城村大字苗ヶ島村
祭神 瓊々杵命、大山祇命、菊理姫命、伊弉諾命、伊弉冊命、火雷神
由緒 不詳、明治四十一年九月十六日許可本社境内末社三峰神社字杉ノ下無格社火雷神社
  同雷電神社を合併せり
境内神社 拾八社
   八幡神社、大山祇神社、高龗神社、稲荷神社、菅原神社、疱瘡神社、水神社、赤城
  神社、浅間神社、琴平神社、磯前神社、道神社、社日神社、金山彦神社、御歳神社、
  熊野神社、秋葉神社、疫神社
神饌幣帛料供進指定 大正四年十一月五日
例祭 十月十九日』
(「宮城村誌」より抜粋)

『群馬縣管下上野國南勢多郡苗ヶ嶋村字杉ノ下 村社 苗㠀神社
祭 神  瓊々杵尊、大山咋命、伊弉諾命、伊弉冊命、菊理姫命、火雷神
境内末社 貮拾貮社
 八幡神社  祭神 譽田別命
 大山祇神社 祭神 大山津見命
 高龗神社  祭神 高龗命
 稲荷神社  祭神 倉稲魂命
       明治四十一年九月十六日許可社日神社祭神中倉稲魂命ヲ本社ヘ合祀セリ
 菅原神社  祭神 菅原道眞公
 疱瘡神社  祭神 素盞嗚命
       八坂神社ヲ合併明治四十一年九月十六日許可
 三峯神社  祭神 伊弉諾命、伊弉冊命
       明治四十一年九月十六日許可本社ニ合併
 水神社   祭神 罔象女命
 赤城神社  祭神 大己貴命
 浅間神社  祭神 木花開夜比賣命
 琴平神社  祭神 大物主命
       明治四十一年九月十六日許可大物主社ヲ合併
 磯前神社  祭神 大己貴命、少彦名命
 道神社   祭神 猿田彦命
 社日神社  祭神 天照大御神、埴山姫命、大己貴命、倉稲魂命、少彦名命
 金山彦神社 祭神 金山彦命
 御年神社  祭神 御年神
 熊野神社  祭神 伊佐那美命、速玉之男命、事解之男命
 八坂神社  祭神 素盞嗚尊
       明治四十一年九月十六日許可疱瘡神社ヘ合併
 秋葉神社  祭神 火産霊命
       明治四十一年九月十六日許可愛宕神社ヲ合併
 愛宕神社  祭神 火産靈命
       明治四十一年九月十六日許可秋葉神社ヘ合併
 疫神社   祭神 煩之宇斯神
 大物主社  祭神 大物主命
       明治四十一年九月十六日許可琴平神社ヘ合併』
(「上野国神社明細帳」より抜粋)
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 二の鳥居。
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 拝殿。
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 斜めから。
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『碑誌
 明治の初期に三社を合祀して苗島神社と社号が改められた際、本殿は改築され
たが、拜殿は文政十二年に建てられた白山大権現の社殿が其のまゝ使用されて來
た。
 現今は氏子数も三倍となり、狭いのみならず腐朽も甚しかったため、明治百年
に當り、これを記念して改築することゝなり、近代的な設計並びに監督を、前橋
市杉本一級建築士に委嘱し、施工は、當村宮城建設株式会社との随意契約により
昭和四十三年五月二十三日起工、同年十月十七日完工した。此の間各所團体役員
の協力と氏子崇敬者の労力奉仕等は、大いに稱えられべきことてある。
 資金の大半は、氏子に應分の目標額を示し浄財を募ったところ、敬神の念篤く
喜んで寄進せられたものゝ外、内外からの篤志寄附及び神社の基金等を充てた。
 茲にこれ等寄進者に感謝の意を表するとともに、碑を建て、後世に伝えるもの
である。
皇紀二千六百二十九年
昭和四十四年十月十七日
                  拜殿建築委員長  前原盤根 謹撰
                      麗 軒  金子潤象 謹書』
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 東の鳥居。
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 狛犬。
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 天満天神宮。
 右の石祠の側面には「天明七丁未歳正月卄五日」と刻まれている。天明七年は1787年。
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 末社群。右奥の石祠の額部分には蠶大神と刻まれている。
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 拝殿西側の末社群。
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 稲荷大明神と社日碑。木で見え難いがその右隣に社日宮。
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 合祀記念碑と野見宿禰命。合祀記念碑は崩し字が多く判読し難い。
 八坂神社の後ろには大国主神や三峯山社、その他。
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 左の石祠は金毘羅宮。右の二つは不明。
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 天照皇大神。
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 堀田正頌公徳澤碑。
 堀田正頌公は幕末から明治にかけて活躍した人で、下野国佐野藩最後の藩主であるそうだが、なぜ関わりの無さそうなこちらに頌徳碑が建てられているのだろう。

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 苗島神社の北側、群馬県道102号三夜沢国定停車場線に鎮座する秋葉山宮
 秋葉山修復記念碑には「平成十四年十一月吉日 秋葉講一同 金剛寺」と刻まれているが、金剛寺に何か縁があるのだろうか。
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