慈惠稲荷神社(浦和区常盤一丁目)

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 常盤公園の北東、埼玉県道65号線に面して鎮座する慈惠稲荷神社(さいたま市浦和区常盤1-5-15)。
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 市神。
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『さいたま市指定史跡 浦和宿二・七市場跡
 指定年月日 昭和三十七年三月三十一日
 浦和の市場は戦国時代に開設されたものと考えられ、天正十八年(一五九〇)には豊臣秀吉の家臣である浅野長吉から喧嘩口論などを禁じた「禁制」が「浦和市」に対して出されています。浦和市は月六回開かれる六斎市と呼ばれるもので、毎月二と七の日に開かれたため(二日・七日・十二日・十七日・二十二日・二十七日)、「二・七市場」といわれています。
 江戸時代、十返舎一九は「代ものを 積重ねしは 商人の おもてうらわの 宿の賑い」と詠み、浦和の市の賑いを表現しています。
 また、川口芝の長徳寺住持である龍派禅珠は、ある歳の暮れ、浦和の宿で萩。屠蘇、麹、膠、末醤(味噌と醤油)、新暦などを購入しています。
 周辺では、蕨(一・六の市)、鳩ヶ谷(三・八の市)、与野(四・九の市)、大宮(五・十の市)で市が設けられており、毎日どこかで市が開かれていたことになります
 平成十九年三月二十二日』
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 二の鳥居。大正十四年(1925)二月建立。
 手前の庚申塔の側面には「富士山 大山 引又 道」と刻まれている。昔は道標でもあったのだろうか。
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 お狐さま。
 台座には大正十四年二月吉日と刻まれているので、二の鳥居と一緒に奉納されたものなのかも。
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 拝殿。
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 木鼻。
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 宝珠紋。
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 本殿と狐の彫刻。
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 本殿裏の末社。
 何神社なのかはわからなかったが、ググってみたところ八雲社であるようだ。ちなみに右奥の小さな石柱は疱瘡神。
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