勝城神社(勝沢町)

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 群馬県道101号線の脇、勝沢町集会所隣に鎮座する勝城神社(前橋市勝沢町387)。
 一応鳥居の前に車を置けるスペースはあるが、狭い。
 鳥居の額束の側面に「安永四乙未歳」と刻まれているので、1775年に建立されたものだろう。

『群馬縣管下上野國南勢多郡勝沢村字西曲輪 村社 勝城神社
祭神 譽田別尊
   大日孁尊 倉稲魂命 須佐之雄命 大山祇命 水波能女命 大物主神
   経津主命 高産靈命
   天御中主命 神靈産命 八衢彦命 八衢姫命 久那斗神
由緒 不詳、明治四十年五月卅一日許可、本社境内末社稲荷神社、神明宮、八坂神社、若
  宮八幡宮、大山祇神社及仝大字神明宮、其境内末社四社、仝無格社若宮八幡宮、其末
  社弐社ヲ本社ヘ合併、同時ニ村社勝城神社ト改称シタリ
   明治四十四年八月二十一日許可、仝村字勝谷戸無格社一之宮神社、仝境内末社二社
  ヲ合併、氏子ヲ七拾八戸ト更正セリ
   大正五年三月十日明治三十九年勅令第九十六號ニ依リ神饌幣帛料供進神社トシテ指
  定セラル
境内末社 四社
 菅原社    祭神 菅原道真公
 三峰神社   祭神 伊佐奈美命
 猿田彦神社  祭神 猿田彦命
 東照宮    祭神 徳川家康公』
(「上野国神社明細帳」より抜粋)

『勝城神社
 その昔、信仰の対象が神社であったため、氏子集団が氏神として祀ったものと思う。
 過去の歴史を見ると、天明二年(1782)の戸数は、九十一戸だったが、どうした事か百年後の明治十四年(1881)には八十戸とかなり減っている。
 その当時(明治十二年の社寺堂一欖表)勝沢には、勝城神社の前身である八幡宮があり、祭神は誉田別尊が祀ってあり、境内の末社は九つの宮社(菅原社、八坂社、三峯社、若宮八幡宮、稲荷社、東照宮、神明宮、大山祇社、猿田彦社)がある。
 二社目は、五十嵐曲輪に祀られていた一宮神社である。一宮という社名の神社は本県では富岡市の貫前神社が有名で、赤城神社が二宮である。祭神は貫前神社と同じ経津主命である。境内の末社は二つの社(造化社、道祖社)である。
 三社目は、北曲輪に神明宮が祀られていた。祭神は大日霊女尊であり、境内の末社は四つの社(八坂社、稲荷社、大山祇社、水神社)である。
 四社目は、現在の明和幼稚園北側の芝居若宮に若宮八幡宮が祀られていた。祭神は、誉田別尊で境内の末社は二つの宮社(琴平社、神明宮)があった。
 この四箇所の宮、神社が明治二十二年の町村合併により、芳賀村が誕生し「大字勝沢」が生まれたことにより、神社も一社にまとめる動きがでてきた。その後、明治四十五年五月三十一日に現在の位置、八幡宮に他の宮社を合併し勝城神社と改称した。
 この神社は、社地二百七坪(六百八十三平方メートル)の中に大正十五年五月二十六日(大正八年十二月類焼)に建造され、勝沢町の氏神として現在にいたっている』
(「芳賀村誌・芳賀の町誌」より抜粋)
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 拝殿。
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 留蓋瓦。
 元は八幡宮だから波の図柄や三つ巴紋はわかるとして、水……?
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 狛犬。
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 本殿。
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 末社群。
 左から稲荷社、不明、天満宮、不明、不明、山神、不明、不明、不明、不明、天満宮、一宮社。その奥には猿田彦や金毘羅大権現、道祖神、そして神祖宮と刻まれた石額などが並んでいる。
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 猿田彦大神と大辨財尊天。

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