小暮神社(富士見町小暮)

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 赤城大鳥居がある小暮交差点から北東へ250m程、ふじみじどうかんの西隣に鎮座する小暮神社(前橋市富士見町小暮815)。
 敷地内に入っても良いのか少し悩んだが、そこにいた人に尋ねてみたら大丈夫だと言うことだったのでゲートを通って神社近くに駐車。

『小暮神社
 富士見村大字小暮字八幡に鎮座し、祭神は誉田別命、埴山姫命、素盞嗚命、大日孁命、菅原道眞、水分神である。祭日は十月十五日、宮司は塩原行雄である。由緒は詳らかでないが明治四十年に赤城山山頂大洞の赤城神社に合祀されたが村人の総意に依り、新たに昭和二十三年に至り旧地たる小暮字八幡に復帰し、以前は八幡宮であったが、他の神社を併せて村名をとり小暮神社と名付けられたものである』
(「富士見村誌」より抜粋)
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『前橋市指定重要文化財 旧小暮一の鳥居
指定年月日 平成7年10月1日
所 在 地 前橋市富士見町小暮814 小暮神社
 この鳥居は、江戸時代後期の宝暦11年(1761)に小暮村(現前橋市富士見町小暮)の人たちにより赤城山信仰のシンボルとして小暮村内に建てられたが、天明4年(1784)に、小暮の十字路に移され、大洞赤城神社の「一の鳥居」として親しまれてきた。昭和40年(1965)に有料道路建設に伴って解体され、赤城山頂大洞の旧赤城神社に移築された。しかし、山頂の風雪による傷みが激しくなったことから、平成6年に現在の小暮神社に、再度移転された。鳥居の基礎石にはこれらの経緯が次のとおり刻まれている。
  宝暦十一年辛巳十一月吉日 此華表於南而建立  ※華表は鳥居のこと
  天明四年甲辰年二月吉日  此処江引再建之   願主 小暮村中
 鳥居は、高さ6.45メートルで、その形式は両部鳥居という2本の本柱を4本の支柱で支えるものである。
 鳥居上の扁額は、江戸時代後期の僧侶ので書道家の「角田夢幻」の書である。
 「角田夢幻」は、群馬県下野田村(現吉岡町下野田)出身で、津久田村(現渋川市赤城町)に住した。寛政4年(1792)に上洛し、京都大善院の住職となる。その際、書が時の大納言の目に止まり、光格天皇に千字文を献上したことで知られる。上毛三筆の一人に数えられる。
 現在の小暮十字路にある鉄筋コンクリート製の大鳥居に掲げられる扁額はこの額を拡大したものである』
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『旧一之鳥居の由来
 この赤鳥居は宝暦十一年に小暮地内に建立され浅間大噴火の
翌天明四年に赤城火山鎮撫のため一之鳥居として赤城登山口に
移築された その時書家の角田夢幻が赤城山の風格を豪快に表
わす額文字を揮毫している この鳥居は近郷稀な優雅な形で昔
から小暮の一之鳥居として親しまれ地域の象徴として名声を高
めてきた 昭和四十年に赤城有料道路建設の折この貴重な文化
財の解体撤去を惜む多くの人々の努力で赤城大洞に移築された
しかし山頂の厳しい風雪に材質の損傷も拡がり それを心痛し
た小暮五区民が浄財を募り村の援助も得て温和な小暮の里に遷
し緑に映える真紅の鳥居を補修復元出来た この由緒ある木造
の赤鳥居が二百三十年以上も完全な姿で残っていることは郷土
の誇りとする貴重な文化遺産であり 生きた歴史資料として先
人の願いを継承し小暮区民の安寧と繁栄を祈念するものである
 平成六年十一月吉日』
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 拝殿。
 左側の石灯籠には「天明三癸卯天臘月吉日」、右側の石灯籠には「寛政八丙辰七月吉立」と刻まれている。天明三年は1783年で寛政八年は1796年。
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 斜めから。
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『長者石(不老長寿の石)
 此の石は小暮神社前広川広一氏宅前に大きな塚がありその塚の前に巽の方向に向けられ据えられていた
 この石を小暮邑人は長者石と呼びこれを崇拝し毎年拾月十五日に家々では赤飯と甘酒を作りこれを供えて不老長寿を願って邑中のお祭りをしてきた近年この風習は薄らいでいる
 このような歴史的文化財を埋らしてはと 富士見村郷土研究会の池田建一氏 井口清氏が発起人となり永久保存のため各方面に渉り承諾を得て中村造園の協力作業に依り小暮神社境内此処に鎮座したものである
 願くはこの歴史的由緒ある小暮邑の貴重な宝財を大切にお守りすると共に人々は健康と幸福そして家内安全を祈りお手を合せることを希うものである
 平成四壬申拾月吉日』
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 赤城大鳥居。
 200m程離れた位置から見てもこの大きさ。大洞赤城神社に参詣する予定は当面無いので近寄っての撮影はしなかったのだが、どうせ近くに行ったのだから撮っておけば良かったかな。

 以上で6月4日参拝分終了。
 使用機材はK-5IIsにDA15mm、FA43mm、DA20-40mm、50-150mm II。
 この後は九十九山で古墳の石室開口部を見て、それから群馬県立文書館に向かい資料を漁った後帰宅。
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