諏訪大明神(富士見町石井)

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 樺澤会館の200m程北東に位置する丘の頂に鎮座する諏訪大明神(富士見町石井)。

『大字石井の字名に諏訪峯がある。石井の八幡神社の境内末社に諏訪神社があり、明治以前に鎮守八幡神社に合祀されたものである。祭神は建御名方命である』
(「富士見村誌」より抜粋)
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 石燈籠の竿部には石尊大権現や大天狗などの文字が見える。
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 鳥居……の柱のみ。
 天明四甲辰年十一月と刻まれているので、1784年のものである。
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『御即位記念
樺澤氏由緒之碑 桃山陵墓監陸軍歩兵少佐従五位勲四等功四級猪谷不美男篆額
我國開闢以来皇統累一百二十二代紀元経二千五百七十五年今上陛下以允文■武之神資茲
卜大正乙卯年十一月十日擧即位禮緇一系不断之■緒應天壌無窮之神勅代天敷化率土仰仁
孰不謳歌此千秋之大典乎■勢田郡富士見村樺澤氏一族胥謀欲建碑誌事永使子孫仰皇化于
千百年後併記祖先之所由來余文按畎樺澤氏藤原姓系出大織冠■之始稱佐藤氏世住奥州白
川郡鯖山村遠祖左馬之介敬重延暦元年及従居于上野國勢多郡赤城山下更今氏尋同七年文
月二十七日勸請累世所祀諏訪大明神爲城隍神越十年以其氏名邑稱樺澤村同二十年併小原
目石居二村更石井村天長元年嫡子主水重久出赴奥州入鯖山村育王寺實爲佐藤氏之墳墓地
次男隼人景照與父同居石井村同三年自開市之騎村既而子孫益滋家門愈昌而別興家者末亦
尠矣延長三年嫡孫尤京之介國時於小暮村末孫多宮政照於藤澤村寛弘八年曾孫中將行親於
柏倉村寛仁元年曾孫右京之介春光於山口村大治四秊七世孫左京之介忠宗於群馬郡湯之上
村爲其尤者■以邑著姓稱焉爾■物換星移迄今一千百餘年雖不免時有盛衰一族綿々乎至算
以二百數十家者豈得無不因神明之呵護与祖先之恩惠耶天保十三年霜月子孫胥謀改建諏訪
大朙神祠殿■效敬虔之誠明治十年據官令合祀之于邨社八幡神社大正元年■合祀村社赤城
神社現在赤城山大洞神祠是也先是明治三十年開拓赤城原野數十百町歩而種樹以殖林同三
十九秊得官允行耕地整理於接壌地於是乎區畫井々水疏而路通加之以地積之増加興収穫之
饒多蓋一族協心戮力所致也如此而子孫一克服業治産則無幾乎不以墜家聱乃繋銘曰 名門
 流末 垂訓有源 敬神崇祖 惠及子孫 土沃田足 産也益蕃 乃衣乃食 維孰之恩
        羣馬縣勢多郡従六位勲六等横尾雄彌撰   天笠秀雄書
大正四乙卯年十一月十日                      ■谷光年鑱』

 ■の部分は読み難かったり、文字の形がわかってもIMEパッドで出て来なかったりしたもの。それ以外の部分でも読み取りを間違っているかも知れないので、ちょっと怪しい。
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 諏訪大明神石宮。
 台座の側面には「昭和二年四月十五日建設」「樺澤組 氏子中」と刻まれている。
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 登り口前にかろうじて車一台分程のスペースがあるので、そこに駐車可能。
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