金剛寺(吉岡町南下)

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 大藪八幡宮の西100m程に位置する金剛寺(北群馬郡吉岡町南下187)。
 金剛寺前の道は一部大きく波打っているので、車高の低い車は大藪八幡宮の行き帰りには車体の底を擦ないように注意。ごりっと言う音が聞こえて来るのは心臓に良くない。行きは大丈夫だったんだけどなー。
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 石段の上り口に馬頭観音と地蔵尊。
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 本堂。
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 宝篋印塔と如意輪観音、庚申塔、石祠。
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『町指定史跡 金剛寺の宝篋印塔
 宝篋印陀羅尼経を納めた小塔を模して造られた石塔を宝篋印塔と言い、鎌倉期より供養塔として造立された。江戸期には墓塔として用いられることが多くなりその形は著しく変化した。
 宝篋印塔には関東型と関西型の二系統が有り、関東型は芝石の上に反花座を据え、その上に基礎、塔身、笠、相輪と順次積み重ねた形式である。
 吉岡町金剛寺の宝篋印塔は、関東型に属し反花座と相輪とが欠失している。基礎部の四面は共に輪郭を以て二つに区分し、上部は三重段形を成している。塔身部の四面は平面であって、円形中に「ア」「アー」「アン」アアク」の胎蔵界四佛の種字が陰刻されている。笠部は下方に二重の段形を有し、上部は四重の段形を成しているが第一段は隅飾突起に連結している。四段目上面の中央に掘られた穴は相輪一式下方の突起部を組み込み固定したものである。
 この宝篋印塔の基礎正面の「浄眼大禅定門應永十三年(一四〇八)十二月廿八日」等の刻字や、塔身部の正面刻字に付いては異論もあるが、欠損を免れた二つの隅飾突起を初め塔全体の形状が室町初期造立の形態を具えていて吉岡町石造物中屈指の逸品である。
 平成六年三月三十一日』
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