女帝神社(平方)

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 国道4号線と埼玉県道80号野田岩槻線が交差する武里駅入口交差点の200m程北東に鎮座する女帝神社(越谷市平方25-1)。
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 一の鳥居。
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 二の鳥居と拝殿。
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『女帝神社由来記
 豊葦原瑞穂の国は 八百萬の神々達が生活の知恵を開き 衣食住の根本を広め給う 是れ産土の神 氏神の始めなり
 古老の伝へるには わが部落の氏神として霊験あらたかなる女帝神社の祭神は伊弉冉命と神功皇后にて太古の昔より武蔵国は平方村南の里鎮守なり
 氏子の信仰甚だ厚き女神にして 毎年一月十二日を以て祭日とし 当番の家に氏子が集り御備社の行事を行って現在に及ぶ
 祖先より氏子の生活や健康も豊かに近隣の部落に比して全く群を抜くに至る 然るに明治四十五年春神社合併の促進運動が起り 時の流れとはいひながら立派な社殿をこわし 村社浅間神社に合併せり
 その后大正 昭和の年代に入りてわが部落は夭折する家庭の婦人多く 経済的にも悲運におそわれる人数多きに至る
 止んぬる哉 これは神の思召にかなわぬ事ぞと昭和初期に仮宮を作り女帝大神の御戻りを願い奉りぬ 以来 徐々に 昔の如く氏子はもとより部落全体の生活は日を追うて繁栄の曙光を見るに至る
 かくは 古老の言によるものなり 幸ひにして 明治百年の年に当り 氏子の宿願たる昔の姿と同じ女帝神社の再建を発起し 昭和四十二年十二月十五日神社の新築を完成 御遷宮の式典を挙行して部落の繁栄を祈願せるものなり 以上
 平成五年四月吉日  氏子一同』
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 十六葉菊家紋に鳩と言うのは八幡神ぽいが、神功皇后が祀られているのだからそれも当然か。
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 本殿。
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 八坂神社。
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 金刀比羅大神、普門品供養塔、青面金剛×3、普門品供養塔、庚申塔、天満宮、御嶽大神。
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 地蔵菩薩、如意輪観音、無縫塔など。
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