大枝香取神社(大枝)

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 武里駅入口交差点から50m程南、真言宗豊山派蓮華山歓喜院の脇に鎮座する大枝香取神社(春日部市大枝774)。
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『大枝香取神社由緒略記
当社は下総国一之宮「香取神社」の末社で、祭神は「経津主神」で、昔から現在地の日光街道沿いに鎮座し、古くから「五穀豊穣の神」として崇められていました、創建の年代は詳らかではありません。
本殿裏側には、文化十一年(一八一四)の墨書銘がある本殿再建の棟札が三枚打ち付けられています。
当社は、「武里観音」の名で知られている隣接の「歓喜院」の寺鎮守として祀られましたが、村の鎮守でもありました。
当社は、明治初年の神仏分離政策により、歓喜院から境内を分けて独立しました。そして明治四十二年(一九〇九)には、神社合祀政策によって、字池の端の村社「浅間神社」(祭神は木花之開耶比売命)・字屋敷前の無格社「第六天神」(祭神は面足命惶根命の二神)・字井堀外の無格社「雷電神社」(祭神は別雷命)を合祀し、旧大枝村の村社となり大枝全域の鎮守様・氏神様となりました。
現在の「拝殿兼覆屋」は、昭和四十五年に旧位置より南に約十メートル移動して新築したものです。旧社殿は現在の「神楽殿」です。
当社の神職は、市内浜川戸の「八幡神社」の宮司が兼務されています。

当社の年中行事は
○元旦の初詣で
○一月二十一日の豊作を祈願する祈念祭
○四月二十一日の例祭(越谷市南荻島の神楽師による神楽が奉納されます)
○七月一日の浅間神社のお祭り「初山」
○十一月二十七日の新穀感謝祭
○十二月三十一日の古い神札のお焚き上げ
の六回のほかに七月十五日の天王講があります。
氏子は、大枝の住民で元来の戸数は六十戸余りで、現在も氏子として神社にかかわっている家は、約百戸です。
当社の運営は五人の総代が二年任期で当たり、ほかに祭事係りの「年番」を氏子が十戸ずつで交替して努めています』
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 拝殿。
 その前には「奉納御寶前 元文五庚申六月吉日」と刻まれた水盤と石祠、力石らしきものが並んでいる。ちなみに元文五年は1740年。
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 裏手から。
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 拝殿の前に神楽殿。
 由緒書きに依れば旧社殿を流用したものであるとのこと。
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 左から不明、天神宮、牛頭天王、不明、天王宮、不明、不明、伊勢参拝記念碑。
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 歓喜院。
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