谷中稲荷神社(大場)

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 大場香取神社の南側にある中野屋商店前から450m程南、谷中橋の北側に鎮座する稲荷神社(春日部市大場701)。
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 鳥居。
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 拝殿正面。
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 稲荷神社田誌碑と石祠。石祠は何神社なのかわからなかったが、検索をかけてみたら雷電社であるとのこと。
『稲荷神社田誌碑 関根作次郎篆額
元和頃萩原六右衛門者傳爲以仝姓森三郎氏祖矣 本豊公
家臣大坂城陥遇於主家殄滅災禍乎罔措悲憤慷慨竟欲爲志
背生平崇信文殊菩薩靈像変装手錫罣免敵難退去大阪一望
遍行諸國具當辛酸遽來住於此地 軏迎妻業農挙男曰吉右
衛門後愈勤稼穡専計子孫 然寛文中喪妻己亦延保三歳逝
矣 因吉右衛門氏承厥後襲考名改六右衛門 氏資性動直
恭敬克守父意生嗣子助右衛門成其人也乃譲於之家督奉戴
於背持佛尊像而詣宗利丹後國切戸文殊堂奉酬其父免難與
普代冥福且途次遍歴曳錫于西國諸州霊場市井坊間於寄與
多額金品歸郷而寶永年中安置尊像於閭内十日坊上艮田七
畝歩而以爲永代寶燈料且猶投巨資建立寶經院塔六地藏塔
等信仰甚篤遂寶永六年寶算矣
噫六右衛門父子信耶即眞信歟 上記上田至于明治維新改
稲荷社有而今日五等亨其恵澤星霜經于茲三百餘年愈霑其
徳豈可罔不幸末代下哉 ■當於今秋曠古 大典記念之書
斯誌于石以傳後世焉
 大正四年十一月  文学士 九ノ里虎之助撰』
 ■部分は輒のようにも見えるのだが、旁が白カビでわかりにくい。
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 谷中稲荷神社記碑と石祠三基、谷中稲荷神社新築再建費寄進者芳名碑。石祠は天満宮、天神宮、天満宮。
『谷中稲荷神社記
原大隅屬武田氏武勇赫赫其及爲織田氏所壓逃來于東武大
場之地而家焉隠于農厚奉斎稲荷神社是原又右衛門氏之祖
也原氏有子尚幼乃以某爲其女婚正保中分家與谷中郷田五
町餘歩亦奉祀稲荷神社郷人尊崇加敬以爲氏神云是八十三
翁原敷躬氏之説也頃日郷人相議新構鳥居敷石幟椊即記其
事以傳後人
大正十年十月
  埼玉縣立粕壁中學校教諭關根作次郎撰并書及題額』
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 浅間大神。
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