八坂神社(粕壁東四丁目)

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 日枝神社から東へ100m程、国道4号線に面して鎮座する八坂神社(春日部市粕壁東4-1-18)。
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 ほぼ真上に近い位置から鳥居を俯瞰する機会はあまりない。
 柱には「平成十五年七月吉日建立」と刻まれているので13年前に建てられたものだ。
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 拝殿。
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『八坂神社復興の碑
  ◎ご祭神 須佐之男命(牛頭天王)
  ◎例祭日 七月十五日(現在七月中旬の土日)
 明和七年(一七七〇年)の火災によって社殿が焼失したため、勧請の由来は不詳である。
 明治以降は、須佐之男命を祭神としてお祀りしているが、神仏分離以前は「牛頭天王」を祀っていた事から、今でも「天王さま」の通称で親しまれています。
 古くから粕壁宿の市の守護神として信仰厚く、元来例祭は、七月九日から十五日まで一週間にわたって行われていました。太平洋戦争後は一時中断していましたが、復興が模索される中、春日部市制二十周年の昭和四十八年からは市民夏祭りとして、毎年七月中旬に例祭が執行され、神輿渡御と山車・屋台巡幸が盛大に行われています。
 氏子区域は、旧粕壁町一体の町会であり、通常は宮元である一宮町から総代が選出され、各町会並びに自治会の参加協力のもとで神社の管理運営を行っています。
 去る平成二十二年十月二十五日夕刻、放火被災により社殿が焼失。その後、復興奉賛会を組織して工事を施工し、翌平成二十三年七月に社殿が再建され、内陣他調度品も整えて夏祭りが例年通り無事齋行されました。
 ここに後世のため、神社由緒を記します。
 平成二十四年七月 吉日』
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『日光道中粕壁宿 ①八坂神社
 粕壁宿は、日本橋から九里二丁(約三六キロメートル)の距離にある。幅約九メートルの道沿いには、約一・一キロメートルもの町並みが続いていた。嘉永二年(一八四九)には、人口は三七七九人、旅籠屋は三七軒あった。宿の入口にある八坂神社は、江戸時代には牛頭天王社と呼ばれた。明和七年(一七七〇)に火災に遭い、詳しい由来は不明だが、宿の市神として信仰された。神社の祭礼は、現在の春日部夏まつりの起源でもあり、江戸時代には毎年六月(旧暦)に行われた』
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 徳祐彦霊神、猿田彦大神、猿田彦大神、神苑記念碑。
 左側の猿田彦大神左側面には「文政二己卯秋九月建」、右側面には「五臓安寧 身體吉祥」と刻まれている。文政二年は1819年。
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 徳祐彦霊神裏面の碑文。
『詩者志之所行也文者貫道之器也百千者數之勤功也桺二者強與和也控者自作為不忘太公曰勤無價寶也毿々桝絲遠客繁以雜木巨廈工如一勾一章得而趣意立不怠也噫拙而先後之賢者可笑焉右 元治元年初冬
 柳工先生之遺語男孚祐保之 鑑章齋書』
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 神苑記念碑裏面の碑文。
『當神社ハ明和七年八月二十一日火災ニ罹リ御社殿ハ勿論備付書類一切燒失シ勧請年月日及由緒等不詳ナリ當時桝氏カ社家トシテ奉仕シ來レルモ故有リテ職ヲ辞シ境内敷地モ一二轉シテ私有セシカ今回崇敬者總代相議リ御神苑トシテ讓リ受ケラレタルモノナリ』

 ここから国道4号線沿いに300m程南下した所に稲荷神社があるのだが、事前に気付かなかった為チェック漏れ○刀乙
 また後で機会があったら参拝しよう。
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