雷電神社(下柳)

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 藤崎稲荷神社から200m程東に鎮座する雷電神社(春日部市下柳)。
 鳥居の柱には「昭和五十九年六月吉日」と刻まれている。
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 拝殿。
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 明治三十六年の雷電社改築碑と昭和六十年の雷電神社改築記念碑。
 明治の方は崩し文字が入っていたり文字が薄くなって読み取り難い部分もあるが、要約すると社殿が傾くほどに朽ちていたところを明治三十五年九月二十八日の烈風強雨により倒れた為、境内の杉を伐採して再建費用を作り、明治三十六年五月三日起工、二十九日竣工。六月十七日に遷座式を行ない、十二月十五日に記念碑を建てたと記されている。
 昭和六十年の方の記念碑の碑文は以下の通り。
『雷電神社改築記念碑
 雷電神社は別雷大神を祭り、寛永六年の創建で宝永三年に改築されたものである。この地域は明治以前には下総国桜井郷下河辺庄内領に属し、正保年間に開墾された村である。開墾以来代官の支配地であったが、明治元年下総知事の所轄となり二年葛飾県、四年印旛県に属し、六年千葉県に転じ八年埼玉県に属し今日に至っている。
 終戦後の農地改革により神社は農地を持つこと不能とな氏子協議の結果、分筆して買受ける事となり従来通り当番製で耕作して小作料を神社に上納して祭礼と神社の維持管理に当ってきたのである。ところが先年広域農道の建設に際し祭面も買収されてその面積も減少し又世の変転と共に耕作意欲も低下、更に世帯主の交代も多く将来を展望考察してこの際祭面を売却して老朽化した神社三社の改築及び住民福祉を図るコミュニティセンターを建設することを昨年九月二十二日氏子会で協議決定をみたのである。その後神の御加護により工事も順調に進んで本年五月十九日雷電神社、六月三十日稲荷神社と小雷電神社の上棟式を厳修し十一月吉日遷宮式を斉行して華麗荘厳なる神社に御神体を奉迎、郷土の繁栄と安泰の基礎が確立され氏子として無上の慶びである。
 敬神崇祖は、我が国民道義の大本であり、益々涵養して風教の維持、道徳の振興に資することは、私達の本分であり神社は産土神として一郷の神聖なる中心であり団結の基である。
 茲に碑を建て改築の由縁を銘記し関係者を併記して後世に伝えるものである。
  昭和六十年十一月吉日
      藤崎神社氏子奉賛会長 小島義夫撰文書』
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 成田山不動明王、青面金剛、青面金剛。
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 弘法大師。
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 天神宮と香取大明神。
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 社殿裏手には六地蔵尊。
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 神社裏手から隣家へ続く道の脇に浅間大神。
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 雷電神社北側に小雷電神社。
 鳥居の柱には「平成二十三年三月吉日建之」と刻まれている。
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 天満宮。
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 右が雷電神社。左の祠が小雷電神社。
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