粕壁神明社(粕壁一丁目)

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 春日部駅東口から100m程北に鎮座する粕壁神明社(春日部市粕壁1-8-3)。
 鳥居の柱には「昭和四十二年五月吉日」と刻まれている。
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『粕壁神明社の歴史
 当社の御祭神は天照大神です
 天明年間(一七八一~八九)に地元の豪族九法四郎兵衛が竹薮の土中から厨子に入った神体と鏡が出てきたので祠を建てて祀ったのが当社の始まりであるという。
 当社は、七月二十一日の例祭と十二月十四日の新穀感謝祭の年2回の祭りが行われる。
 例祭は、かつて伝染病がおそれられていたころ、「疫病封じ」としてはじめられたという。新穀感謝祭は、明治以降は商売繁盛を願う祭りとなり、「春日部のお酉様」として大宮氷川神社の「十日市」に続く酉の市で、福熊手を売る露店が並び、多くの参詣者が訪れる。
 当社は、元来は個人持ちの社であったが、やがて宿場の守り神として多くの人々の信仰を集めるようになった。
 氏子は、現在 上町、春日町、仲町の三町内で、ほかに「神明講」の人々も、年2回の祭典に参列している』
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 拝殿は無いが、本殿の前に門が建てられている。
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 本殿と狛犬。
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 三峯神社。
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 本殿裏手から東側へ回り込むと、石塔や力石などが並んでいる。
 左から痘神、青面金剛、猿田彦太神。その右隣の一際背の高い石塔の正面に刻まれた文字は崩し字の為なんと刻まれているのか読めなかったが、ググってみたら「散留當ひこ乃碑」であるようだ。そしてその右隣の石碑は歌碑のようではあるのだが刻まれた文字がうねうねしていてまるで読めない。その奥には力石と道標。
 青面金剛の側面には「文化十四丁丑年(1817)春三月吉祥日」と刻まれており、猿田彦太神の側面には「文化十三年丙子(1816)十一月丙午朔十五日庚申建」と刻まれている。散留當ひこ乃碑の右側面には「弘化三年丙午(1846)三月庚申立」、左側面には「神明道長廿四丈三尺廣八尺不」と刻まれている。不とは書いたが、これ几号だ。
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