女體神社(梅田一丁目)

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 八坂香取稲荷合社の450m程西、古隅田川の畔に鎮座する女體神社(春日部市梅田1-2-31)。
 両部鳥居ですかねこれ。こんなにがっつりコンクリートで固められている台石は初めて見た。その鳥居の左側にある石塔は猿田彦大神。側面には「天宝六乙未年霜月吉祥日」と刻まれているので1835年の造立。
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 社号標石に脇には「大嘗祭御用梅田牛蒡御買上記念  應需 臣 源照愛 謹書 石仙」と刻まれた石碑と由緒書きが建てられている。
『女體神社
 日光街道粕壁宿の北に位置し、周囲を大落古利根川と古隅田川に囲まれた低湿地である。この梅田の地名は、「埋田」の意である。梅田東・梅田西・新田の三つに分かれており、当社はそのうちの梅田東の鎮守である。
 醍醐天皇の延喜元年(九〇一)の創立で、当時、梅田に住んでいた織部という人が、村内の子供が幼くして亡くなることが多かったことを憂い、子供が健やかに育つようにと天神に祈願し、国生みの神である伊邪那美尊を産土神として祀ったのが当社の起源。古隅田川の北岸の最も高地に当たる場所(現在地)に神殿を造営し、祭事を行うようになったという。また、元和八年(一六二二)に二代将軍徳川秀忠が始めての日光社参に際し、街道筋の由緒ある社寺を訪ねた時、当社にも金千疋の寄付があり、以来、近隣の信仰を集めて大いに栄えたと伝えられる。
 当地の土壌は牛蒡の栽培に適し、太くて味の良い「梅田牛蒡」が出来ることで知られている』

 ちなみに日光社参は元和三年(1617)四月が最初で、元和八年四月の時は三回目である。
 ここから2km程東に牛島の女體神社があるが、御祭神や創建の由来を見ると特に関係は無さそうだ。
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 拝殿。
 参道右手側には平成二十年三月に建てられた神社改修工事記念碑がある。
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 狛犬。
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 社殿斜めから。
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 富士塚と末社群。
 塚の麓には猿田彦大神と天満宮、稲荷大明神が祀られており、頂には浅間大神、一段落ちた所に磐長姫命と角行・食行霊神が祀られている。
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 駐車場脇にも由緒書きが設置されている。
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