春日部稲荷神社(粕壁)

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 春日部八幡神社の北東に鎮座する春日部稲荷神社(春日部市粕壁5609)。
 こちらの神社は鎌倉幕府の御家人である春日部実景が伏見稲荷大社から勧請し屋敷神として祀ったものであるそうだ。ちなみにこの人の孫である春日部重行が鶴岡八幡宮より勧請して創建したのが隣にある春日部八幡神社である。
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 二の鳥居。
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 埼玉県指定天然記念物 浜川戸砂丘の案内板。
 詳しい記述は春日部市教育委員会のサイトにある。
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 三の鳥居の手前、参道右手側には昭和五十五年(1980)六月に建てられた記念碑。
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 三の鳥居と由緒書き。
『春日部稲荷神社について
 当神社は春日部稲荷大明神と申し上げ、ご祭神は倉稲魂神と申し上げます。
 縁起・由緒については詳らかではありませんが春日部と言う名とこの場所より推察して当社の由緒を記します。
 春日部と言う名は、古代の雄略天皇、二十一代天皇の期、西暦四七八年に大和朝廷の属地として定められ、皇女・春日大娘の御名を冠した御名代部として命名された地名であります。御名代部を統治・管理するために派遣された在庁官人が、この地に居を構えていたことが遺跡の発掘により、推測されます。中世の時代になって、武士団が結成されこの地に住していた領主は武蔵國荏原郡に住した本姓紀氏の一派であり、在地名春日部を名乗ったと言われる豪族であります。
 当社の所在するこの地は春日部氏の屋敷跡であり春日部稲荷大明神は春日部氏の屋敷神として、京都伏見稲荷大社より勧受し祭祀されたものであります。
 創建の年代を案ずるに、伏見大社は奈良時代和銅年間とあり、それより降ること二百年位と推定されるので平安期と思考され、およそ千百年位以前の創建と推察する次第です。
  昭和五十五年庚申年六月
      春日部稲荷神社
 当社の総敷地面積 壱千四百六拾六坪』
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 青面金剛や庚申塔……だと思う。
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 四の鳥居と五の鳥居。
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 拝殿。
 ここから右へ向かうと富士塚、左へ向かうと春日部八幡神社。
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 お狐さま。
 台座には「昭和五十五年六月吉日」と刻まれている。
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