備後須賀稲荷神社(備後西五丁目)

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 武里小学校の北隣に鎮座する備後須賀稲荷神社(春日部市備後西5-5-1)。
 鳥居の柱には「昭和五十六年三月初午建立」と刻まれている。
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 二の鳥居。
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 参道左手側に縁起を記した石碑が建てられている。
『正一位稲荷神社畧縁起
老松古木天を生いここ清浄の地に鎮座する稲荷神社は今を去る七百七十五年前建暦元年春日部の地頭職春日部大和守実平の創建によるものと伝承されております昔の当地域は大小の河川縦横に走り東京湾まで続く低湿地帯にして大雨の際は海の如き觀を呈し須賀島はその一台地であつた往時この島中より怪光発し煌煌として水中を照すこと長期に及び住民漁するを恐れその旨を地頭に訴えたり役人来りこの地を臨検するに島中に古木ありその朽たる処より観音像を発見す不思議に思いその尊像を捧持し館に安置せりある日旅僧の来訪あり地頭に引見すその時観音像を拜せしむるに僧驚きてこれは大唐より將来し給ふ靈像にしてその昔弘法大師入唐の時文殊の浄土に至り文殊菩薩より伝法の時に法門契約の証として伝授し歸朝の後備後の國に安置し給ふ世にこれを契約本尊と稱し誠に得難き靈像なりと爾来幾星霜を経てその地域に兵亂起りし時人民途に安んぜず亂を避て廻船に乗じ東國に移る者多しこの時尊像を船中に安置して非難の途につく者あり途中の海上にて俄に暴風雨起り破船その數を知らず然るにこの尊像の御座船のみ無難にて岸村(王子)に着きたり乗船者一同この現象は偏えに尊像の御利益なりと饌を供し靈像を拜し奉らんとするに一陣の風起り何処ともなく飛去りたり然るに今機縁熟して当館において拜するを得て随喜感涙して旅僧は去りたりある夜夢見の中に神々しき老翁現れ地頭の枕頭に立ち我はこれ関東守護の稲荷大明神なり我を念ずる者には意の如く満足を与えん依つてこの所の島に社を建立し奥院には観世音菩薩を安置すべしと言い終りで消えぬ地頭夢覚めて稲荷大明神の夢のお告げなりと悟り社を須賀島の地に建立して祭る其の後尊像の由来によりこの郷を備後村と号し社殿のある所を須賀島と稱す
当稲荷神社の御祭神は倉稲魂神であり即ち食物の事を掌り給ふ大神であらせられます五穀を始めとしてあらゆる殖産興業の守護神としてまた子育て稲荷として遍く近郷を通じて尊崇せられる所以であります
  昭和六十一年三月吉日  稲荷神社総代 久保谷一美 古文書解撰
              揮毫 石塚鳴峯 敬書』

『敬神崇祖
當鎮守ハ關東八州三社稻荷ノ随一ニシテ今ヲ去ル七百三十年人皇第八十四代順徳天皇ノ御宇建暦元年春日部治部少輔ノ奉齋スル所ニシテ五穀豊穣産業振興ノ御神徳彌髙ク白砂青松ノ須賀原ノ地ニ神垣莊嚴ヲ極メ古來參拜ノ諸人跡ヲ断タズ偶々大正十二年九月一日關東地方ノ大震災ニ罹リ拜殿甚シク荒癈ス即チ氏子一同ハ粛然トシテ神徳ヲ黷サンコトヲ恐レ協心勠力資ヲ奉ジ財ヲ獻ジ大正十四年五月十五日改築ノ工ヲ起シ本殿ノ莊嚴ニ則リ拮据経營昭和十四年三月十日完成ス今ヤ紀元二千六百年ノ聖歳ヲ迎ヘ支那事變亦第四年ノ秋内皇國ノ彌榮ト外聖業ノ完遂ヲ祈リ茲ニ謹ンデ神社ノ由來ヲ誌シ以テ曠古ノ盛典ヲ記念スト云爾
  昭和十五年十一月十日
       埼玉縣南埼玉郡武里村字備後
            氏子總代石川東悦撰並篆額』
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 参道右手側には手水舎。
 水盤には「奉献水盥壹器 享保十二丁未歳六月吉日 須賀嶋中」と刻まれている。享保十二年は1727年である。
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 お狐さま。
 台座には「武里村■■備後 神道修成派 第六天先達 少宣教黒羽幸次郎 七十二翁久光 大正九年五月吉日 石工 関根金八」と刻まれている。大正九年は1920年。
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 別角度で。
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 拝殿。
 こちらの神社は平成22年10月25日に放火によって焼失したが、平成24年4月に新築再建されている。
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 本殿。
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 本殿前のお狐さま。
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 須賀天神社。
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 富士塚。
 頂には浅間大神と磐長姫大神。
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 わらじ納所。
 その脇には正一位稲荷大明神、辨財天、稲荷大明神。
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 青面金剛、青面金剛、馬頭観世音。
 馬頭観世音の背面には以下の文が刻まれている。
『旧墓標は須賀七八九番地附近にあり 排水路改修工事のため紛失いたし ここに復元建立す
 昭和六十一年三月須賀地区有志一同』
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