日枝神社(永田町二丁目)

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 国会議事堂の西側、星ヶ岡城二の郭跡に鎮座する日枝神社(千代田区永田町2-10-5)。
 公式サイト有り。五年前に参拝した日本橋茅場町の山王日枝神社はこちらの摂社・御旅所である。
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 石段。
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 随神門。
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 内側から。
 こちら側の随神は猿の姿をしている。写真に大きく収めたいところではあったがガラスが反射して駄目だった。55ΦのC-PLフィルター買おうかなぁ。
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 拝殿。
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 御神使の猿。
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 末社。
 左側に山王稲荷神社、右側に八坂神社・猿田彦神社。
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 狛犬。
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 アップで。
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『千代田区指定有形民俗文化財 狛犬
 指定 平成十二年四月
 日枝神社の境内社、山王稲荷神社の本殿と、八坂神社・猿田彦神社両社を合祀した本殿の前に、一対の石製狛犬があります。幅五五cmほど、高さは七〇cmほど、台座部分を含めても大人の背くらいの高さです。
 像の台座には「奉献」「文政三庚辰年六月吉日」「南伝馬町三町目」「家主中」などと陰刻の銘文があり、向かって右側の像には「植草重左衛門」ほか一〇名と「地形方抱三右衛門」「石工 新川勘兵衛」などの名前が、また同様に向かって左側の像には「亀田左兵衛」ほか一一名の名前が見られます。この他に左側の像の中段台石外側の側面には「明治三十四年九月 自神田神社境内移之 南伝馬町三ヶ町」などと年代の異なる銘文も刻まれています。
 以上のことから、この狛犬はもともと文政三年(一八二〇)に、当時神田神社境内に鎮座していた南伝馬町天王社に奉納されたものであることがわかります。しかしその後、明治一八年(一八八五)二月一三日未明に神田神社周辺で起きた火災により天王社本殿その他が焼失した後、南伝馬町の氏子たちは新たに日枝神社境内に鎮守として祇園社を勧請しました。その時点では、おそらくこの狛犬は未だ神田神社境内に現存していたのであり、一六年後の明治三四年(一九〇一)に石製燈籠などその他の南伝馬町天王社に由来する旧来の石造物とともに日枝神社境内に移転、再設置されたと思われます。
 この狛犬は、千代田区内に現存する狛犬としては、すでに文化財指定した二例【平河天満宮狛犬=享和元年(一八〇一)、再建嘉永五年(一八五二)】【築土神社狛犬=安永九年(一七八〇)】と同様、江戸時代の銘文をもつものであり、区内においては貴重な文化財です。そして、江戸時代から明治時代にかけての人々の信仰の一端、特に日枝神社及びその境内社である八坂神社と神社周辺の人々や南伝馬町の人々との関わりを、私たちに語りかけてくれているのです。
 平成十三年三月』
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 稲荷社の裏手にも祠があるのが見えるが、こちらは柵で遮られた立入禁止区域内にある為何神社であるのかは不明。
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 こういう所があると城跡なんだなと実感できるが、現在は補修作業中のようだ。まあどのみち立入禁止区域内なので近寄って見ることはできないのだけど。
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 西の鳥居。
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『山王さま 日枝神社(江戸山王 元官幣大社)
 御祭神 大山咋神
 相殿神 國常立神・伊弉冉神・足仲彦神
 御祭神・大山咋神は須佐之男神の御孫神、稲・穀物の神、大年神の御子で山末之大主神(山頂を支配する偉大な神)鳴鏑(鏑矢)に成りませる神とも申し上げます。
 大山咋神は、近江国(滋賀県)の日枝山(比叡山)に鎮まり、平安京を守護し給う大神として、山王・日吉・日枝の社は全国に三千数百社に及びます。
 江戸山王の始原は鎌倉の初期平家の一門・秩父重継が江戸貫主を名乗り、その館に山王社を勧請し、文明十年(一四七八)太田道灌が城内に、更に天正年間徳川家康が入府に際し城内の鎮め・将軍家産土神と崇め、四代家綱・万治二年(一六五九)当地に移遷されました。
 江戸時代の山王まつりは日本三大祭の一つに数えられ、時の将軍が自ら奉迎せられ「天下祭」「御用祭」とも称され広く世に知られ江戸市民に親しまれました。
 現在も隔年に執り行われる六月の山王まつり「神幸祭」は氏子各町内を巡幸し、古式ゆかしく盛大に行われています。
 明治維新東京奠都により江戸城は皇居となり、日枝神社は皇城の鎮護・国土の平穏・万民の和楽を祈願し官幣の大社に列せられました。
 昭和二十年五月・戦災の国宝御社殿は、昭和三十三年六月氏子崇敬者の赤誠溢るる奉賛により復興され、その後宝物殿・山車庫・社務所・赤坂口山王大鳥居・西参道・稲荷参道等相次ぎ復興整備されました。
 氏子区域は都心の七十二ヶ町に及び、生業の隆昌・子孫家門の繁栄を守護し、御神徳は広大無辺であります』
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 狛犬。
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 稲荷参道側から見た山王鳥居。
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 稲荷参道にずらりと並ぶ鳥居。
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 この鳥居をくぐると山王稲荷神社、八坂神社・猿田彦神社合社前に出る。
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 境内案内図。
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 南神門。
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 南の鳥居は現在改修作業中である為見ることができなかった。
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