雀宮神社(芝塚町)

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 群馬県道27号高崎駒形線と県道12号前橋高崎線が交わる芝塚町交差点の南東、芝塚町公民館に隣接して鎮座する雀宮神社(高崎市芝塚町1963)。
 向拝柱には「祭神 少彦命」「祭神 天神様」と書かれた木札が打ちつけられている。
 ここから600m程東に鎮座する江木神社は古くは雀の宮と称し少彦名命を祀る神社であることから、こちらの神社は江木神社からの分霊なのだろうと推測。図書館で調べている時間が無かったので合っているかどうかはわからないが。
 鳥居の柱には「平成十二年十月吉日建之」と書かれている。
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 神社裏手に並ぶ石造物群。
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『芝塚に伝わる石造物について
1 祠(向かって左)
  祠の起源は諸説あって、一つに菅原道真の乳母が道真の没後自宅に祠を建てて祀った
 と伝えられる。ここの祠は造立年代は不明だが江戸時代後期だろうと推定される。
2 宝篋印塔(左から二番目)
  この塔を礼拝供養すれば生きている間は災害から免れ、死後は必ず極楽に生まれ変わ
 るとの信仰から作られた。
  原型では下から反花座・基礎・塔身・笠・相輪の五つの部分からなるが、ここに残さ
 れているのは塔身・笠のみである。
  塔身に寛政四子年(一七九二)十一月吉日下飯塚村芝塚女人神と刻まれている。
3 五輪塔(左から三番目)
  仏教の宇宙観の地・水・火・風・空の元素をもとに構成されて、下から地輪・水輪・
 火輪・風輪・空輪で成り立っている。
  造立年代不明。
4 板碑(左から四番目)
 追善供養や逆修のために建てられる石製の塔婆の一種で、ここの物は一部欠け落ちてい
 るが残っている部分から判断すると巾四〇〇高さ一〇〇〇位の物だったと思われる。
 完全な形であれば高崎市の文化財になったかもしれない。
  上部に二線の切込みがあり、梵字の深い薬研彫でその文字は阿弥陀如来を意味してい
 る。造立年は不明だが鎌倉又は南北朝時代の作と確実に思われる。
5 石彫り仏像(左から五番目)
  阿弥陀如来像と思われるが、造立年は不明。
6 双体道祖神(一番右にあった)
  双体の物は珍しく旧市内には発見されていない程の物なのでマニアによる盗難にあっ
 てしまったか。
  平成二十三年三月に盗難届は提出してあるが芝塚の宝の紛失は残念。
  造立年代は明和年間頃(江戸時代中期)と思われる』
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