定家神社(下佐野町)

IMGS1370s.jpg
 放光神社の100m程西側に鎮座する定家神社(高崎市下佐野町873)。
IMGS1349s.jpg
 鳥居の脇に道祖神。
IMGS1364s.jpg
 拝殿。
DSCF8588s.jpg
 中を覗き込むと天井絵ならぬ天井歌? が並んでいる。
DSCF8595s.jpg
『高崎市指定重要文化財 定家神社社宝(縁起一巻ほか)
 定家神社は、鎌倉時代初期に活躍した歌人藤原定家(一一六二~一二四一)を祭神とする。定家は「新古今和歌集」「新勅撰和歌集」の二つの勅撰集の撰者を務めるなど、当時を代表する歌人である。一般に「ていか」と呼ばれることが多い。
 定家神社に伝わる社宝のうち以下の四点が高崎市の重要文化財として指定されている。
一、定家大明神縁起一巻
 定家大明神の由来を記したもので、筆者は冷泉為茂。奥書に元禄七年(一六九四)の年号がある。為茂は藤原定家の子孫にあたる。
一、伝藤原定家筆「在原業平歌集」一冊
 八丁の鳥子紙に在原業平の和歌四七首が書写されており、藤原定家の筆と伝えられている。在原業平(八二五~八八〇)は平安初期の歌人。六歌仙の一人で、「伊勢物語」の主人公とされる。
一、宮部義正独詠短冊一巻
 宮部義正により詠まれた和歌が記された短冊三一枚を巻物一巻に装丁してあるもので、各短冊には義正の記名がある。宮部義正は享保一四年(一七二九)に高崎藩の名家に生まれ、藩の要職を歴任した。歌道を冷泉為村に学び、三藻と号した。寛政四年(一七九二)没。なお、女流歌人として有名な万女は義正の妻である。
一、源武邨奉納和歌一首
 源武邨は坂上(井上)武之のことであるという。坂上武之は高崎藩士で。烏涯または柳窩主人と号した。和歌・漢詩にすぐれ、漢詩集に「山野春光」がある。天明四年(一七八四)に八三歳で没した。
 所 在 地 高崎市下佐野町(定家神社)
 指定年月日 昭和六三年二月一七日』
IMGS1441s_20170201213429967.jpg
 斜めから。
IMGS1436s.jpg
 本殿。
IMGS1382s.jpg IMGS1385s.jpg
 古峯神社。
 石祠の背面には「明治百年記念 昭和四十三年十一月二十三日」と刻まれている。後ろの石塔にも文字が彫られているのだが殆ど読めない。小さく眠柳とも刻まれており、歌碑であるようにも思える。
IMGS1392s.jpg IMGS1402s_20170201214812fa5.jpg
 仁王堂、万葉歌碑、石祠。
 歌碑には「佐埜山に 打つや斧音の 遠かども 寝もとか児ろが 面に見えつる」と刻まれている。石祠は何神社なのか不明だが、背面に「昭和三十五年七月十五日建納」と刻まれている。
IMGS1408s_201702012148110ac.jpg IMGS1412s.jpg
IMGS1445s_201702012148109d8.jpg
 何を祀っているものなのかはわからないが、「明暦三年霜月吉日」と刻まれているので1657年の造立であるのだろう。
IMGS1421s.jpg IMGS1425s_2017020122144294e.jpg
IMGS1430s_2017020122144193d.jpg
 稲荷社なのか大師堂なのか東郷神社なのかさっぱりわからない。そして三基の石祠もやはり不明。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
ブログ内検索
カテゴリー
最近の記事
最近のコメント
月別アーカイブ
最近のトラックバック
FC2カウンター
プロフィール

梁瀬

Author:梁瀬
無駄な徘徊でCO2を増やす、
方向感覚に不案内なヒト

リンク
RSSフィード