飯玉神社(飯塚町)

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 飯塚町第一公民館脇に鎮座する飯玉神社(高崎市飯塚町544)。
 鳥居の台座には「鳥居建替 昭和四十八年七月一日竣工」、玉垣には「昭和九年十一月 特別大演習記念」、社号標石には「昭和四十六年四月吉日」、石燈籠には「文化二乙丑八月吉日」と刻まれている。
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 拝殿。
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『飯玉神社由来
 祭神 宇気母知神
 例祭 十月十九日
 この社は慶長六年(一六〇一)僧勝山全最によって開基創建された飯玉山最勝院長泉寺の屋敷稲荷として建立され、後に享保十三年七世春芳大秀和尚の時、飯塚村の産土の神飯玉神社となった。当時は茅ふき屋根のお宮であったが万延元年(一八六〇)焼失してしまった。
 文久元年(一八六一)飯塚村の総鎮守として復興再建することとなり氏子の奉賛金及び用材の献木により越後の宮大工政五郎という名工の作であるが幕末乱争の時代で思いに任せず完成迄に十有余年を要し明治初年に完工した。社殿の形態彫刻の美は近郷稀に見る立派なもので郷土の貴重な文化財として他に誇り得るものである。市の一所一勝運動に認定されたことに当りここに記す。
 昭和六十三年二月吉日』
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 斜めと横から。
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 力石。
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 末社群。

(2017年2月26日追記)
 上野国神社明細帳によると、八坂社(祭神 素盞嗚命)、菅原社(祭神 菅原道真公)、大山祇社(祭神 大山祇命)、榛名社(祭神 素盞嗚命)、赤城社(祭神 豊城入彦命)、諏訪社(祭神 建御名方命)、白山社(祭神 菊理姫命)の七社が祀られているようだ。
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 左から秋葉三尺坊、御嶽山座王大権現、富士浅間大菩薩、猿田彦大神、黒髪山。
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 なんだろうこれ。道祖神かな?
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 飯玉神社の北側に並ぶ天王宮。
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『飯塚の天王様
 ここに並んだ四基の天王様は、飯塚町の各所にあったものを、交通事情などから昭和四十五年に移設したものです。
 天王様は八坂神社のことで、祭神である牛頭天王を祀る石宮が二百年を超える歴史を刻んでいます。悪疫退散の民間信仰として広まり、七月二十七日・二十八日に天王祭りが行われていましたが、現在は二十七日に行灯を飾り花火を配る子供の祭りとして、引き継がれています。
 石宮は左奥から西方、南方、北方、東方の順に並び、西方には「文化四年(一八〇七)卯六月」、南方には「天王宮」の文字と「享和三癸亥年(一八〇三)六月吉日」、北方の基壇部には「長野山鳳凰霊、常黙庵智覚、未六月吉日」などの文字が刻まれています。西方の石宮には、魔除けを祈願して塗ったベンガラの赤色が一部に残っています』
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 弁財天と……んー? 神輿のように見えるが、中には小さなお狐さまが置かれているので稲荷社なのだろうか。
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 以上で1月28日参拝分終了。
 使用機材はK-5IIsにDA20-40mm、DA15mm、DA35mm Macro、DA70mm。X30。
 ウォーキングカウンターは幾つだったっけかな。確か7,000歩ちょいくらいだったような覚えが。
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