出世稲荷神社(日本橋堀留町一丁目)

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 パレドール日本橋と言うマンション脇の狭隘なスペースに鎮座する出世稲荷神社(中央区日本橋堀留町1-6-11)。
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 拝殿。
 岩代稲荷神社と出世稲荷神社の額が掛けられている。
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 拝殿内部。
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 「は組」と大きく刻まれた水盤。
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 「は組 木遣り塚 奉納 中西良之助 昭和五十七年九月吉日」
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 やきとり屋の壁に設置された由緒書き。
『出世稲荷の由来
 江戸時代は当稲荷屋敷地は新材木町十六、十七、十八番地稲荷です。其の昔徳川家康入城天正八年(一五九〇)頃此の附近は芝原宿という村落でした。杉の森林の多い所です。江戸城拡張以来江戸町割当地慶長九年(一六〇四)頃材木置場が多い所から新材木町と町名が出来た由。尚元和三年(一六一七)親爺と呼ばれた北条家浪人庄司甚右衛他数名の仮家敷内に有り京都伏見稲荷より祭神を戴き守護神として祭りし後当地世話人一同が現在迄守護致して居ります。
 当社は明暦三年(一六五七)江戸大火振袖火事、安政(一八五四)大地震、明治六年(一八七三)大火、関東大震災大正十二年(一九二三)近くは昭和の太平洋戦争まで本尊災禍を免れました。関東大震災のとき社殿焼失致し現在掘畄町一丁目十番地椙森神社の拝殿取毀し材料(杉の木)削り直し昭和六年(一八七四)に落成し現在まで数多くの信仰者があります。
 江戸時代初代市川団十郎が日参し名をあげた由。尚当地より出世致した商店、芸能関係各個人等数多く出て祈ります。初午毎年三月岩代稲荷と合同で掘畄町一丁目町会応援にて執行致します。
 応長見聞集寛永図経、先祖の言い伝えとの事。
  昭和五十六年五月吉日(一九八一)
          出世稲荷世話人一同』
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