下リ松八幡宮(結城)

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 下り松中央会館の隣に鎮座する下リ松八幡宮(結城市結城7086)。
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 拝殿。
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 斜めから。
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 本殿脇の石祠。何神社なのかは不明。
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 左から報徳碑(明治四十二年三月建碑)、開拓百年記念碑、開拓百五十年記念碑、八幡神社公民館新築寄付者芳名之碑、支那事変記念 馬頭観世音。
『報徳碑
仲尼曰君子進徳修業忠信所以進徳也修辭立其識所以居業也余徴諸
赤荻翁知其然矣翁諱俊彦下總結城人其先結城家之重臣也結城家移
封于越前也有其臣留而歸農者其領袖稱十人士翁家乃其一也世擧里
正毎爲其首班聲望夙著翁資性忠誠而剛毅能長吏務兼通稼穡之道徳
川氏之末造變災荐臻迨天明凶歉後逋租歳加民不勝負荷若我下松聚
落亦衆庶漸散田園荒涼翁慨然誓欲恢復之且案請藩余先世勝進公知
翁有奇材允之翁感激拜命日夜勵精殆忘寝食捎私財撫流民以故加越
地方之民來歸者頗多翁乃授耒耜給衣食使竭力於稼穡不出數歳荒蕪
之地化爲沃壌收穀富饒習俗敦厚公嘉賞其功勞賜時服許帯刀其給七
人口俸葢異數也初翁之起業意味有富田元次郎者性朴直爲翁致力翁
擢爲組頭元次郎承翁旨率勵移民爲翁所愛云翁嗣忠記承後生忠和忠
和即俊秀之父也翁萬延元年三月二日病歿享年六十有八先是下松之
民歆仰翁之徳業畫共像崴時相會掲之以祀名曰報恩講翁嘗詠國詩二
什使忠和題肖像畫幀一以宣藩主之恩一以誡里民之奢也里民至今體
之勤儉成風資産益裕而戸口漸滋矣頃者里民胥謀欲樹石勒其徳業以
効報恩之誠來請余文余嘗領此地誼不可辭因叙其梗概授之且掲其所
詠國詩以代銘曰
   文政乃頃者野原之下松拓久者上能恵美也鳬
   草垣乃事遠傳邊而不奢耳働計婆社末者繁昌
         從五位伯爵   松平直之 題 額
         從三位子爵   水野勝知 撰併書』
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