乗国寺(結城)

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 曹洞宗見龍山覚心院乗国寺(結城市結城3073)。
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 参道右手側に六角堂が見えるが、これは隣接する建設高等職業訓練校の敷地内にある。
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 結城市指定文化財である総門。
 右側の石碑の裏面には以下の文が刻まれている。
『乗国寺門派の広がり(末並曽孫末六十三ヶ寺抜粋)
            山川城主山川家菩提寺  長徳院
            市妻城主多賀谷家菩提寺 多宝院
 結城家菩提寺 乗国寺 下館城主水谷家菩提寺  定林寺
            久下田城主水谷家菩提寺 芳全寺
            結城家(大雲)御廟   慈眼院

結城家菩提寺としての乗国寺
 見龍山覚心院乗国寺はもと福厳寺と言い、結城合戦で命を落とした持朝公の菩提を弔うため開創され、その後氏広公・政勝公・晴朝公の格別の帰依を受ける。
 氏広公は洪水にあった福厳寺を現在地に伽藍を移転し乗国寺と改称する。政勝公は結城家代々の墓所を改葬し乗国寺の末寺とする。晴朝公は貞廣公及び直光公の供養を任せるとともに、高野山と乗国寺に結城家過去帳を進上した。又、乗国寺八世芳嫩和尚は基光公の菩提寺廣智寺の中興開山となる。因って、乗国寺は結城家と共に結城家菩提寺として発展した。
  平成二十七年四月吉日
                   谷田部正躬
                   松月龍穏』
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『総門(四脚門・市指定文化財)
 延宝七年(千六百七十九)八月、十二世月堂薫明の創建。禅宗様の総﨔造り切妻造り瓦葺き。
 「見龍山」の額は月堂薫明の揮毫である。』
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『乗国寺
 見龍山覚心院乗国寺と称し、宝徳元年(一四四九年)結城家十三代成朝公が結城合戦で戦死した十二代持朝公の菩提をとむらうために松庵宗栄を招いて建立したと伝えられています。
 創建当時は現在の場所とはちがい、鬼怒川・田川に挟まれた常陸、下野、下総の三国にまたがり建てられていたことから三国山の号を有していました。
 一四七九年に大洪水により寺地が流出したため現在の地に移建され、「見龍山乗国寺」と改称され今日に至っています。
 結城家とは密接な関係に在り、千四百石の寺領を有した時期もありました。
 当時に伝わる文化財には、建造物として「三門〈楼門〉」、「四脚門」等があり、いずれも市指定文化財になっています』
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『見龍山
 寛文一三癸丑(一六七三)年二月二日夜、松平直矩公(二世)は、播州(播磨国)姫路鎮守軍八頭・正一位伊佐大明神の霊夢によって、一知見龍の触文を蒙られました。家士の日向東右衛門によると、易に云うところの吉夢であり、直矩公(二世)は、同(一六七三)年六月一八日に、右の御触文を御馬標に餝付けるよう命ぜられ、是から代々の御標になりました。
 また、明矩公(四世)は、御指物に白麻に墨で見龍の二字を直に書き写されて用いられ、具足の胸にも付けておいでになります。見龍は、乗国寺の山号です。
 「結城御代記」より』
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 こちらも結城百選の一つ。
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 参道に並ぶ五百羅漢の一部。
 向い側には六地蔵がある。
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『山門(楼門・市指定文化財)
 赤門として親しまれている。正徳三年(千七百十三)十四世巌照印叢の創建。木造銅板葺き、入母屋造り、屋根の両端に蕨手形が付けられている。明治三十五年の大暴風雨で崩壊。大正十三年九月、上層はそのまま組み立て、下層はコンクリート造りに改築した』
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 本堂。
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 狛犬。
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『江湖権輿道場
 曹洞宗の法幡建立の起こりは、高祖大師(道元禅師)が宇治の興聖寺で雨安居を結ばれた時にあるが、最も隆盛を極めたのは、文明十一年後土御門帝から関東の僧録(僧官の任免)を司った下総結城 乗国寺開山松庵宗栄禅師が常に三千指の大衆を会下に集め「江湖最初之道場」なる扁額を掲ぐるに至って其の頂点に達した。僧録は、慶長十九年まで百三十六年間続き安居僧を掛塔せしめ江湖会がここに始まり隆盛を極めたのである。
 「洞上公論」より
◆法幡・・・説法の道場の標識
◆江湖会・・天下の禅僧が集まり修行すること
◆安居・・・一定の期間を定めて住し、坐禅修行すること
◆掛塔・・・衣鉢袋を僧堂(道場)に掛けること、転じて僧堂に止まり安居すること』

『本堂
 現在の本堂は文久元年(千八百六十)二十七世道隆宗穏が﨔は当山の木を使い大雄山最乗寺(南足柄市)から杉松の巨木を運んで最乗寺の本堂と同様に建立したと伝えられ、道了大権現の火盗除けの御利益あらたかである。大正八年三十四世耐中惠忍は茅葺きを瓦に変え、平成十二年、開創五百五十年を記念して屋根の葺き替え改修をしている』
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 五百羅漢に囲まれる仏陀。
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 六角堂と一葉観音菩薩。
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 大悲閣。
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『三国観音由来
 絹川村小森出身の斎藤茂一郎翁が満州開拓のおり、西蔵の国にありし此の観世音菩薩に誓願し所願成就を悦び、また、平常に孝養怠らぬ翁は御母の長命を祈り米寿を祝い荘厳極まれる御堂を建て、観世音菩薩をはるばる西蔵の国より当山にお迎え申し安置す。(一九三一・昭和六年七月十五日)
 時に当山三十四世耐中恵忍和尚が三国観音と号される爾来、「三国観音さん」と呼ばれ老若男女誓願し所願成就を悦ぶ人多い。
 観音妙智力能救世間若の大慈悲心に包まれ御姿に接し息災延命・家内安穏・安産子育・交通安全等を所願成就祈願しあらたかな霊験を信仰し慕う人の数多し。
 堂内の「大悲閣」額は時の内閣総理大臣若槻禮次郎氏の揮毫当山安置六十年を記念し之を建てる。
 平成四年五月吉日 曹洞宗 見龍山 乗国寺』
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 烏枢澁摩明王堂。と言うかトイレ。
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 鐘楼。
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『見龍山乗国寺の由緒
 乗国寺は「見龍山覚心院乗国寺」といい、曹洞宗に属する禅寺で、結城家の菩提所として開創された。
 戦国争乱の室町時代、「結城合戦」で結城家十一代氏朝公、十二代持朝公父子は戦いに敗れ自らの命を絶った。嘉吉元年(1441)の四月十六日のことである。
 乗国寺はもと福厳寺という。結城合戦の時すでに福厳寺はあった。「福厳寺口」と呼ばれる結城城の東の出入口にある寺で、この辺りで大きな合戦があったといわれる。宝徳元年(1449)開山に松庵宗榮禅師が招かれ、持朝公の菩提を弔う寺となる。
 持朝公は開基となり、法名「福厳寺殿天英聖勇大禅定門」の御位牌が安置されたのである。
 寺は三国山福厳寺となる。
 三国山とは常陸・下総・下野の三国の事で、その境界の上に建立されたことを示すために山号としたといわれる。
『乗国寺起立』によれば、福厳寺は鬼怒川と田川に挟まれた処にあり、度々洪水があった。
 文明十一年(1479)の洪水では伽藍を失い、ただちに結城家十四代氏広公は現在地の上小塙に移転して、見龍山覚心院乗国寺と改称し再興されたという。
 氏広公の法名「乗国寺殿日峯宗光大禅定門」は乗国寺を保護してきた中興開基としての証しである。
 以後、十六代政勝公、十七代晴朝公の格別の帰依を受け、結城家の位牌所としての乗国寺は確立していった。
 また、徳川家康の次男秀康が結城家の養子となった縁かた、徳川幕府より格別の計らいがあり、乗国寺には御朱印六十一石六斗八升の寺領を賜っている。
 当山の鎮守は健田神社であった。
 結城本郷の地にあり、結城の総鎮守として多くの人々から信仰を受け、特に江戸時代衰廃した宮殿を再建し、宝暦十三年(1763)から明治三年(1870)の神仏分離までの間、別当職を乗国寺が務め管轄していた。
 その後、健田神社は移転統合され、結城市浦町に健田須賀神社として創建されている。
 近年、様々な表情をしている五百羅漢を境内のあちこちに見る事ができる。
 これは現住臥雲仙舟(鈴木)の下、信仰厚い檀信徒たちがそれぞれ発願して寄進したものである。
 また乗国寺では本堂の後ろに坐禅堂を建立した。
 念願であった坐禅修行のできる寺として漸く実現したものである。坐禅をしたい人のためには、正式な参禅指導を行っている』
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 見龍山乗國寺年表と曹洞宗乗國寺関係本末図。
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