大間木氷川神社(緑区東浦和五丁目)

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 JR武蔵野線東浦和駅の250m程北に鎮座する大間木氷川神社(さいたま市緑区東浦和5-20-2)。
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赤山街道
 所在地 浦和市大字大間木
 赤山街道は、関東郡代の伊奈氏が寛永六年(一六二九)に陣屋を構えた赤山(川口市赤山)に向かう街道であった。街道の起点は与野市あたりと考えられ、浦和市内の木崎・三室。尾間木地区から八丁堤を通って赤山に通じていた。
 伊奈氏は、成和源氏の流れを汲む武人で、信州伊奈に住んだことから伊奈氏を称した。その後三河に移り松平氏、徳川家康に仕え、家康の関東入国後、伊奈氏は小室(伊奈町)、鴻巣などに一万石を領し、小室や土屋(大宮市)などに陣屋をおいて累代治水事業に力を注いだ。
 三代目半十郎忠治は、関東郡代となり、また勘定奉行も兼ね、赤山領七千石を拝領し、赤山に陣屋を移した。忠治は治水、灌漑、新田開発に力を入れ、特に利根川、荒川の大改修を行い、寛永六年には八丁堤を築き見沼溜井造成に着手した。
 現在、赤山街道は与野市や浦和市内で赤山横町とか赤山通りと呼ばれ、歴史と生活が結びついた道路となっている。
 昭和五十八年三月

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 拝殿。
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 少し斜めから。
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 狛犬。
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浦和市指定有形文化財(建造物) 大間木氷川神社本殿 一棟
 指定年月日 昭和四十七年四月十九日
 この本殿は、「神社明細帳」には、寛文七年(一六六七)、武蔵国一宮氷川神社(大宮市)の造替にあたり、旧本殿を買受けて建立したとある。さらに、平成七年の修理の際、寛文七年二月、氷川大明神一宇を造立した旨が記された棟札が見つかり、この地での建立時期を明らかにすることができた。
 本殿は、一間社流造り、屋根、旧・こけら葺き(現・こけら葺き形銅板葺き)で、桁行二・五六メートル、梁間二・四五メートルの身舎に奥行一・九六メートルの向拝がつく。土台上に立ち、身舎柱は円柱(縁より下は八角形)で、長押、頭貫、腰貫で固め、柱上は連三斗組となる。中備は蟇股で、正面は鳳凰、左右は牡丹の彫刻である。柱間は、正面が幣軸に板唐戸、他の三面が横嵌板となる。正面および両側面は浜縁がめぐり、脇障子、高欄がつく。妻飾りは、虹梁・太瓶束式である。向拝柱は、大面取りの角柱で、身舎柱とは海老虹梁で繋がれている。向拝柱には、絵様木鼻のある水引虹梁を架し、柱上連三斗組、中備は蟇股で、竹に虎の彫刻がある。正面に五級の木階を設け、向拝柱の前面に大床を張る。軒は二重の繁棰で、飛檐棰は先端に反り増しが見られる。
 平成五年七月、拝殿の火災で罹災し、大きく焼損したが、平成七・八年にかけて浦和の補助事業として根本修理を施し、寛文期の姿に復した。
 この本殿は、武蔵一宮の旧本殿と考えられる貴重な遺構であり、建立年代を明らかにし、規模大きく、意匠も優れた建築として、極めて保存価値が高いと言える。
 平成八年十一月

氷川神社 御由緒
さいたま市緑区東浦和五-二〇-二
□ 御縁起(歴史)
 「風土記稿」大間木の項に、当社は「氷川社 当村及び大間木新田・大牧・搗島等四か村の鎮守なり、搗島村民の持、末社 第六天社、牛頭天王、疱瘡神、天神社、八幡社、荒神社、稲荷社、神明社、別当三光院本山派修験、中尾村玉林院配下なり、本尊不動を安ず、長一尺五寸許、智證大師の作と云、什物、笈一、亀井六郎奥州下向の時背負し物なりと云(以下略)」と記されている。
 往時別当であった三光院の末裔である仲田家には「風土記稿」にも挿絵の残る室町期の優れた漆工芸品である椿紋鎌倉堀笈(県指定文化財)が残されている。笈とは、行脚僧・修験者などが仏具・食物・衣類などを入れて背負う箱のことで、「風土記稿」では源義経の家来である亀井六郎重清にちなむものであるとしている。この真偽は定かではないが、亀井六郎の屋敷跡とされる所が三光院の本寺に当たる玉林院が所在した中尾村にあったと伝えられている。この笈を背負った三光院の先祖がこの地に土着して当社の祭祀を司るようになったものと思われ、当社の創建も室町期までさかのぼることが推測される。
 市指定文化財になっている一間流造りの当社本殿は「明細帳」によると、寛文七年(一六六七)三月に武蔵国一宮氷川神社が再建された際、旧本殿を買い受けたものである。
 なお、いつのころか稲荷社二社と石神井社を当社に合祀したという。
□ 御祭神と御神徳
 ・素盞嗚尊・・・武運長久、厄除け、商売繁盛
□ 御祭日
 ・初拝み(一月一日) ・例大祭(七月二十三日)

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 本殿。
 瑞垣でよく見えないが、さいたま市役所のサイトに掲載されている写真で全体を見ることができる。
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 末社群。
 本殿西側に大國主神・少彦那命、八幡皇大神、竈神、年神。
 本殿東側に菅原天神、宇賀神、疱瘡神、香取神・鹿嶋神。
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本殿復興の記
大間木氷川神社本殿は、武蔵一宮大宮氷川神社旧本殿を寛文七年(一六六七)に譲り受け建立したとされる優れた建築で、昭和四十七年に浦和市の文化財に指定された。以来、その保護につとめてきたが、平成五年七月七日、拝殿火災に際し焼損を受けた。しかし、復元可能との判断から、指定解除は免れ、浦和市、神社、氏子が力を合わせ不退転の決意で復興の道を歩むこととなり、平成七、八年度において浦和市の助成と指導を受け解体、復元の工事を進めた。
そして平成八年十一月二十六日見事に竣工、三百有余年前の姿がよみがえった。その際、寛文七年の棟札の発見もあり、文化財としての価値もさらに高まった。なお、本殿の保全と神域の威厳を保つため、引き続いて周辺の整備を行った。
ここに、この本殿が永遠に伝えられることを願い、その概要を記すものである。
大間木氷川神社再建委員会

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 歌碑。
 この地域の方達が詠んだと思われる歌が五首刻まれている。
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