浅間神社(東内野)

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 厳島神社の北側に位置する「木曽呂の富士塚」脇に鎮座する浅間神社(川口市東内野594)。
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国指定有形民俗文化財 木曽呂の富士塚
 昭和五十五年四月二十四日指定
 富士塚は、富士山を模して築造した塚で、江戸高田の行者藤四郎が、老若男女だれでも心やすく、富士に登山できるようにと、安永九年(一七八〇)、高田水稲荷(みずいなり)の境内にこれを築いたのが始まりである。
 木曽呂の富士塚は、地元で”ふじやま”または”木曽呂浅間”と呼ばれ、寛政十二年(一八〇〇)に、富士講の一派である丸参講(まるさんこう)の信者蓮見知重(はすみともしげ)の発願によって、見沼代用水と通船堀(つうせんぼり)の連結点の縁に築造されたもので、高さ五・四m、直径約二〇m、塚全体が盛土で築かれている。頂上には、お鉢めぐりができるよう火口が掘ってあり、又、今日では入口が埋没しているが、塚を貫いて胎内くぐりの穴を設けている。
 富士塚の麓には、文化二年(一八〇五)造立の蓮行知道居士(蓮見知重)の碑があり、富士塚築造の由緒が刻まれている。この他、塚ならびに周囲には、享和四年(一八〇四)の石燈籠天保四年(一八三三)の石鳥居等丸、参講によって造立された石造物が多く残されている。
 富士塚の中でも古い築造で、特に埼玉県下のものでは最も古く、庶民信仰の様相を示すもので、貴重である。

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 社殿が塚の麓にあるのは珍しいような気がする。
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 なんでしょうかねこれ。
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 伊勢太々碑、鹿嶋太々記念碑、登山隔年修行碑、登山三十三度碑。
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 富士塚。
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 塚頂上。
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 富士嶽神社。
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 塚の南側には石碑らしきものがあるが、案内板の配置図にシモガミと書かれているのがこれなのだろうか。碑文は殆ど判読できないが、「文化六己巳」くらいは読み取れた。
 この後ろに胎内くぐりの穴があり、そして穴のほぼ真上に先に富士嶽神社がある。
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 富士塚西側。左上に浅間神社が見える。
 胎内くぐりの穴は閉じられているが、南側の穴と繋がっているのだろう。西側の口の上には浅間神社があり、南側の口の上には富士嶽神社があることになるが、どちらが入口でどちらが出口などの決まりはあったのだろうか。
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No title

 ああ、成程……!
 頭部のインパクトに引き摺られて気付きませんでしたが、言われて見れば確かに。そう言えば、塚の西側にも大日如来像がありました。
 御教示ありがとうございます。

No title

「なんでしょうかねこれ。」の写真ですが、腕の感じからして大日如来のようですね。
浅間様の本地仏が大日如来なので神仏習合の名残りだと思います。
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