明神社(緑区東浦和二丁目)

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 武蔵野線沿線に鎮座する明神社(さいたま市緑区東浦和2-48-2)。
 鳥居の柱には「昭和六十年四月吉日建之」と刻まれている。
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明神社 御由緒
 さいたま市緑区東浦和二-四八-二
□ 御縁起(歴史)
 平安中期の武将である平将門は相馬小次郎とも称した。下総を本拠として関東各地に勢力を伸張し、中央派遣の国司を次々に追放して一族を国司に任命し、自ら新皇と称して関東の自立を図った。『将門記』によると、将門は侠気に富む人物であり、皇胤の自覚をもちながら武芸によって身を立てようとしたつわものであったという。このような将門の行動は関東の民衆に大きな影響を与え、将門を英雄として仰ぐ気風は時とともに強まり、死後の霊魂説話や子孫説話も作られていった。
 当社は平将門公を祀り、その創建は将門にかかわる伝説に基づいている。ある時、将門の家来が戦に敗れて落ち延び、この地の国谷家にしばらくの間かくまわれた。このような縁で、後に、将門の末裔に当たる奥州相馬氏が祀った相馬の相馬小高神社(福島県南相馬市小高区鎮座)から分霊を当地に勧請したという。
 『明細帳』には「往古ハ神明社ト唱ヘシガ、イツノ頃カ明神社ト改称ス」と載せられている。明治初年には無格社とされた。
 昭和四十一年の武蔵野線開通に伴い、境内地に神明社と二社の稲荷社が移され、本殿も一〇メートルほど南東の現在地に引き移された。また、昭和六十年に鳥居を再建し、同六十二年には本殿を再建し、更に翌六十三年には境内の神明社と二社の稲荷社を再建、本殿の覆屋を新築した。
□ 御祭神
 ・平将門公・・・武運長久、除災厄除
□ 御祭日
 ・おびしゃ(三月初午) ・例祭(十月十五日)

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 青面金剛。
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