中尾神社(緑区中尾)

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 埼玉県道1号を挟んでセブンイレブンさいたま中尾緑島店の東南に鎮座する中尾神社(さいたま市緑区中尾2506)。 
 鳥居の柱には「文政四辛巳年正月吉日建之」「坂東西國秩父百ヶ所 當所願主 會場与左衛門」と刻まれている。文政四年は1821年だから、196年前か。
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中尾神社
 さいたま市緑区中尾二五〇六
□ 御縁起(歴史)
 いにしえの武蔵野を思わせるような、閑静な雑木林の中に当社は鎮座している。この辺りは周囲よりも標高が少し高くなっており、遠望すると緑色の島がぽっかりと浮かんでいるように見えるため、緑島と呼ばれる。
 当社は、同じ緑島の地内にあり、延暦九年(七九〇)の創立と伝える本山派修験の古刹玉林院が支配していた模様で、『風土記稿』中尾村の項には玉林院の境内社の一つとして「鹿島明神社」と載せられている。創建の年代は明らかでないが、鹿島信仰が民衆の間に浸透した近世初頭には既に玉林院によって祀られていたものであろう。
 明治初年の神仏分離により玉林院の管理下から離れた当社は、鹿島社と称し、明治六年に村社となった。その後、明治四十一年に、同じ大字内の字駒形から無格社駒形神社と同境内社の第六天社・須賀社、字不動谷から無格社稲荷社と白山社、字駒前から無格社稲荷社と同境内社の第六天社、無格社稲荷社と同境内社の第六天社・八雲社の計一〇社を合祀し、社名を中尾神社と改めた。しかし、これらの合祀は、実際は書類上のことにとどまり、対象となった諸社は、現在も旧地に社殿が残っている。このほか明治三年に字緑島内の榛名神社を当社境内に移したとの記録があるが、これも実際は昭和二十年代になってから行われた。
□ 御祭神
 ・建御雷之男神・・・武運長久、厄除け
□ 御祭日
 ・元旦祭(一月一日) ・夏祭り(七月二十六日)
 ・秋祭り(十月九日)

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 二の鳥居。
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 拝殿。
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 後ろから。
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 稲荷社。
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 その脇に■■■王と稲荷社。
 ■■■王はおそらく牛頭天王だろう。
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 左の石祠は稲荷社、右の石祠は白山大権現。
 稲荷社の側面には「稲荷社再建願主 當所 饗庭喜蔵 昭和九年三月吉日」と刻まれており、白山大権現の側面には「寛政十二庚申正月吉日」「武州足立郡木崎領 中尾村不動谷戸 金剛寺持」と刻まれている。世話人の名も刻まれてはいるのだが、少々読み取り難い。ちなみに昭和九年は1934年で寛政十二年は1800年。

 以上で3月18日参拝分終了。
 使用機材はK-5IIsにDA16-85mm、DA FISH-EYE 10-17mm、DA15mm。X30。
 ウォーキングカウンターは25,821歩。
 この後は浦和駅まで歩き、途中の八雲神社や榎戸稲荷はお参りしている時間的余裕が無かったので残念ながらスルー。新刊を購入するため大宮に立ち寄り、それから帰宅。
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