秋葉神社(岩槻区仲町一丁目)

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 曹洞宗慈眼山千手院の東側に鎮座する秋葉神社(さいたま市岩槻区仲町1-1-12)。
 鳥居の柱には「大正拾壹年七月吉日」と刻まれている。
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 文政十三年(1830)九月十四日造立の石燈籠。
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秋葉神社 御由緒
 さいたま市岩槻区仲町一-一-一七
□ 御縁起(歴史)
 当社は江戸時代、秋葉社と称し、杉並町に鎮座され杉並町、各町等の秋葉講を主体に永井家家中等の助力に由り、正徳元年(一七一一)~享保十二年(一七二七)に遠江国周智郡犬居(現・静岡県浜松市春野町)の秋葉寺から火防鎮護の神、秋葉三尺坊大権現を祀り創建されました。
 秋葉信仰の発祥は永禄十二年(一五六八)頃、家康と信玄との関係悪化により上杉謙信と好を結ぶ過程で謙信配下、越後長岡の蔵王堂三尺坊院主周国を連れ帰った。信濃の戸隠宝光院出自で飯縄信仰を堅持していた周国は遠州秋葉山にて死後、飯縄権現が三尺坊として信仰の対象となりました。貞享二年(一六八五)四月十八日、貞享秋葉祭の村送りを機に東西に広く伝わり貞享二年十一月に幕府より新規祭礼の禁止令が出されましたが、全国に爆発的に広まり最盛時には秋葉社は二万七千社を数えたと言います。
 江戸時代は隣の千手院が別当を勤め祭礼等、管轄されていました。慶応四年(一八六八)三月十三日神仏判然令等の太政官布告により当社祭神秋葉三尺坊大権現は廃止され浄火の神・火産霊命(火之迦具土神)と水の神・河菜姫命の兄弟神に替えられ社名も秋葉神社となりました。昔の秋葉寺は明治六年廃寺とされ秋葉三尺坊大権現像は本寺の可睡斎へ移されました。廃寺となった秋葉寺は明治十三年十一月復興。また火之迦具土神を祭神とする神道の秋葉山本宮秋場神社が創建されました。
 当社本殿は、大正十四年改修により瓦葺から銅板葺に替えられました。
 秋葉町自治会氏子有志として隔年、可睡斎で法要、秋葉山本宮秋葉神社へ参拝して現在に至っています。
□ 御祭神(火防・火伏)
 ・火産霊命  ・河菜姫命
□ 御祭日
 ・元旦祭(正月元旦) ・初午祭(三月初午日)
 ・例 祭(四月十八日)・お面様(七月十八日)

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 狛犬……と言うか獅子。両方とも阿形だし。
 台座には「天保三壬辰年九月吉祥日」と刻まれている。天保三年は1832年。
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 別角度から。
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 本殿。
 覆屋の隙間から撮影をしていたら、こちらの管理をされている方が扉を開けて下さったので中に入って撮影。それでも16mmでは狭いので魚眼ズームを使用。ペンタックスから超広角ズーム出ないかなぁ……。
 この扉を開けて下さった方からは他にも色々な話を聞かせていただいたり、神社のリーフレットや火防神璽、江戸時代の秋葉社の位置を記した絵図のプリントなどもいただいたりと、とても親切にして下さり有難いことです。
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 本殿に施された彫刻の一部。
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 伏見稲荷社とお面様。
 こちらの二社は自治会の方々の手によって平成二十六年に建て替えられたものであり、お面様の屋根瓦は嘗て秋葉神社の屋根に使われていたものの中から破損していない使えるものだけを選んで流用したものだと教えていただいた。先に瓦の数が決まっているので、そこから計算して祠の大きさを決めて作られたのだそうだ。
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 大天狗の面が祀られているからお面様。
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水屋建設記念
秋葉神社の略縁起
御祭神 火之迦具土大神と申し上げ火を司り給う神様である
御神徳 私達の生活に一日もかかせない火を守護し幸せを与え又悪火を鎮め悪火から生
    ずるいろいろな災を祓い下さる火防の神である
祭礼日 毎年四月十八日
建 立 享保十二年四月十八日(今から二四八年前)
    貞享から享保の時代(一六八四年~一七三六年)は全国的に火災が多かったの
    で火防の神を建立するため、当時の杉並横町の人たちの合議により、代表者を
    秋葉山本宮(静岡県周智郡春日町)に代参させ、御神体をいただき現在地に建
    立し、守護者として地域の火防と幸せな生活を願ひ数々の変遷を経て、現在に
    至っている

    岩槻市観光協会指定
       昭和五十二年四月十八日
                  岩槻市教育委員長 田中寿徳書

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 手水舎。
 手水鉢は破損防止の為に透明な板で覆われている。
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 天神宮と稲荷大明神(寛延三年(1750))、天神様(安政六己未年(1859)六月)。少し離れて庚申塔(文化三丙寅(1806)四月)。
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