菅原神社(見沼区蓮沼)

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 大宮武道館の南側に鎮座する菅原神社(さいたま市見沼区蓮沼1029)。
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 境内入口。
 一の鳥居からここまで約180m。
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 二の鳥居。
 稚児柱には「奉納 鳥居修復 小澤一三 平成二十二年九月吉日 武蔵一宮簸川神社宮司東角井晴臣謹書」と記されたプレートが打ち付けられている。
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菅原神社 御由緒
 さいたま市見沼区蓮沼一〇二九
□歴史
 当地は、古くは北部を蓮沼、南部を猿ヶ谷戸と称していた。このうち北部の蓮沼は、かつて見沼に続く入り江が複雑に入り込んでいた所で、その地名は文字通り蓮の生じる沼があったことによる。当社は、ここの鎮守として祀られ、氏子に「天神様」と呼ばれ親しまれている。境内には多くの紅梅・白梅が植えられ、春先には菅公の徳をたたえるように花をつける。社殿近くにある神使の牛の石像の顔立ちはやさしく、氏子は参詣後、必ずこの石像をなでていく。
 祭神は『明細帳』に「菅原道真公」と載る。往古、天満天神座像が、見沼に漂っていたところを、敬神の念の厚い村人等が拾い上げ、社殿を建てて奉安したものと伝える。社伝によると御神像が、心悪しき者に鳥居の付近まで持ち出され、その者の所有のように名前を書かれたことがあった。以来、畏きその御姿は他見を許さず、見ると目が潰れるという。
 別当は『風土記稿』によると、中野村正法院門徒の真言宗、自在山蓮華院正福寺である。
 明治初年、神仏分離により正福寺は当社から離れるとともに「天神社」から現社名に改称し、同六年、村社に列せられた。
□御祭神と御神徳
 ・菅原道真公・・・学問成就、家内安全、五穀豊穣
□御祭日
 ・元旦祭 (一月一日)    ・天神講(一月、四月、九月、十一月の二十四日)
 ・祈念祭 (二月二十七日)  ・大 祓(七月二十七日)
 ・お日待祭(十月の第一日曜日)・新嘗祭(十一月二十七日)

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 境内。
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 拝殿。
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 斜めから。
 本殿覆屋の台座には「昭和60年6月吉日 菅原神社社殿修復 氏子中  施工者 村田工務店 鈴木工業」と記されたプレートが埋め込まれている。
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 西側から。
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 撫牛。
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 末社。
 社名が記されていないので何神社なのかはわからないが、五つの御幣が納められていた。
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 末社。こちらも不明。
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