神明社(北区土呂町二丁目)

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 市民の森・見沼グリーンセンターの北側に鎮座する神明社(さいたま市北区土呂町2-83-1)。
 鳥居の柱には「大正七年四月建立」と刻まれている。
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神明社 御由緒
 さいたま市北区土呂町二‐八三
□歴史
 当社は、大宮台地の東端に鎮座している。境内東側は低地で、江戸中期まで見沼が広がっていた。地名の「土呂」は、「瀞」と同じく静かに水をたたえる場所を示す語であることから、見沼に由来している。
 創建年代は、資料がなく明らかではないが、中世展開した伊勢信仰により勧請されたものと思われる。また、境内に近年まで土呂の大杉として親しまれた杉の大木の年輪は約八百年でったことから、これを見ても古社であることが知られる。ちなみに時代は下るが、境内にある文政五年(一八二二)の庚申塔は、かつて土呂在家の道山と呼ばれる所にあり、当地では伊勢参りの旅に出発することを「鹿島立ち」といって、当社に参拝してからかならずここに立ち寄って出掛けたと伝えている。
 別当は、『風土記稿』に、真言宗の水光山神前寺浄織寺であると載る。同院は、明治初年の神仏分離後、同五年に廃寺となったが、このとき同院の長屋門を当社境内に移築、改造し、神楽殿とした。
 明治六年四月、村社に列せられた。同十三年二月、本殿を改築し、拝殿を新築した。『明細帳』によると、同四十年五月、大字土呂字御嶽無格社御嶽社・同境内社三峯社、字稲荷山無格社稲荷社、字植嶽無格社稲荷社・同境内社神明社の五社を合祀した。
 社領は、廃寺となった浄職院と合祀した五社の土地、田五反一畝と畑三反三畝八歩があったが、農地改革により失っている。
□祭神
 ・天照大御神
□祭祀
 ・元旦祭(一月一日) ・祈念祭(二月二十一日)・春祭り(四月一日)
 ・祇園祭(七月十四日)・日待祭(十月八日)  ・新嘗祭(十一月二十四日)

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神明社
 所在地 さいたま市北区土呂町二‐八三‐一
 神明社は、土呂の字「神明」にあった浄職院持ちの社で、創建については明らかではありませんが、祭神は天照大神を祀っています。
 明治の初めまでは、現在の本殿の南側に、西向きに建てられた小社であったといいます。明治六年(一八七三)土呂村の村社となり、同十三年に現在のように造営され、この時神楽殿も造られました。神楽殿は、神仏分離によって明治五年に廃寺となった浄職院の長屋門を改造したものでした。
 その後、同四十年には土呂の四社(御岳社・植竹稲荷社・稲荷山稲荷社・八雲社)をここに合祀しました。
 戦前までは、毎年四月の祭日には、神楽殿で神楽や源太おどりが奉納されて賑い、地区民の年中行事の楽しみの一つであったといわれています。
 なお、本殿西側には、源義家の箸立伝説で有名な杉の古木がありました。この古木は、埼玉県指定の天然記念物(土呂の大杉)として保護されてきましたが、樹齢がつきて立枯れ、昭和四十五年に姿を消しました。また、神楽殿も老朽化して戦後取払われました。
  平成二十四年三月

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 鳥居をくぐってすぐ左手側に青面金剛と庚申塔。
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 拝殿と狛犬。
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 本殿。
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 なんだろう? 神輿庫だろうか。
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 八雲社。
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 祭りの準備中。
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